2026年04月
“幕后英雄“ 日本的には“縁の下の力持ち“❗️
【男子漢❗️張シン君、結婚㊗️おめでとう‼️】
私達、日本と中国の盆栽流通の大切な仕事を受け持って長い、張鑫(チョウシン)さん。
日本の盆栽業界(トップレベル)で、彼を知らない者はいません。
ひと言で言えば、男❗️
どんな事があっても、人との約束を守り、たとえ自分が損をしたり、理由なく避難される事があっても、
“黙して語らず“を貫き、己がすべき事をやり遂げる!
私の知る中国の“信頼できる友人“の中のひとりです。
その彼が、結婚される挨拶を受けました❣️
おめでとう㊗️‼️
夫人となられる劉尊寧さんの写真を見て❗️すっごい美人さん‼️
2人の写真を見ても仲睦まじく幸せそう❗️
山東省出身の彼、母国では“武警“ 中国人民武装警察の隊員として国の為に24歳まで尽くしました。あれから大好きな盆栽の仕事を誰の助けもなく、たった1人で日本で始め、
壊れそうなオンボロ車を修理しながら駆け回っていたあの頃を思い出します。
その彼も今では“張さんに相談すれば大丈夫“と両国の業界人に慕われる存在。
美しい夫人と末永くお幸せに❗️(美人過ぎるのにはちょっとヤキモチあるけど!)
先日、業界の集まりがあった時、結婚を発表して、木村正彦先生や小林國雄先生も心から祝っておられました❗️
芳春院盆栽日記・72
【新設芳春院盆栽庭園・近代出版徳尾会長来園❗️85歳‼️】
4/11、翌日の新設庭園の開園を前に、『近代盆栽』の創業者、徳尾真砂弘会長が、ご子息の隆次社長を伴って芳春院盆栽庭園にいらして下さいました。
5年前、この庭園を興す時から今に至るまで、京都という事もあり、陰日向なく応援してくださった徳尾会長。
いつの間にか85歳❗️
ご自愛の日々を送られる中、“和尚様とモリちゃんにも会いたい!“と、新設庭園の“初来園者“として庭に立たれました💧
庭に立って「これはいい!」と一言。
徒手空拳の業界のヤンチャから、関西を牽引する実力者となられた会長。
長年の勘が、“この庭園は盆栽界のシンボルになる“と直感して下さったようです。
和尚様とも久しぶりの歓談の刻を過ごされてご満悦でした!
28年前、独立の時から広告や企画展開に理解を頂いての今。
いつの間にか“関西の応援団長“のように見守って下さっています。
ご高齢の身、この庭が関西のシンボルになるまで、元気でいて下さい!
ありがとうございました‼️
芳春院盆栽日記・71
【芳春院盆栽庭園・拡張増設工事完了❗️新たな幕開け❗️】
約1年半かけて進めてきた大徳寺芳春院の盆栽庭園の拡張工事、4月12日を以て庭園部分の公開が始まりました。
まる5年前に開園した盆栽庭園、コロナ禍を経て今では欧米を中心に連日多くの拝観客が、
数百年を経た名樹達に感嘆の声をあげながら観賞されています。
2年前より和尚様の意向で、庭園北西部の土地を拡張して元々の庭園と繋ぐ形で、拡張工事を進めてきました。
先日開園を前に、羽生から数多くの大型名木を移送して新設庭園に飾り込みました。
この庭園内には25mを超える大型展示棟が合わせて造られました。
名を「天水窟」
守り仏様として、後秦時代からの歴史を持つ“麦積山石窟“からの由来を持つ菩薩様。
同地の名を取っての天水窟は和尚様の命名。
既存の盆栽庭園が数多くの名樹を観賞してもらう姿とすれば、新設部分は更に大型の名樹達15本と、
“京都四閣“のひとつである芳春院の“呑湖閣“(非公開)を左手、
中央に仰ぐ比叡山、右手大徳寺の伽藍の上には大文字の山、この三景が一緒に眺められる唯一の場所となりました❗️
ここから始まる“禅林唯一の盆栽庭園“。
永劫に守り伝える目的の為に、頑張りたいと思います。
150キロの鉢!クレーン吊り上げの黒松植替え‼️
幹周り約1メートル❗️の黒松、元々は庭木の素材として育てられていたものですが、
お客様が外玄関入り口に、“迎え松“としておいたもの。
樹姿が良く数年前に大型プラポットに植えていましたが、1年かけて中国に特注していた、
1,8メートル、重さ約150キロの鉢に植え込みました❗️
樹も鉢も人力で植え替える事も出来ず、庭師の方々に手伝って頂き、まず樹をクレーンで吊り上げてもらい、
根さばきをして、鉢の方も生まれて初めて“クレーンで鉢を吊り移動して、植え替えました‼️
盆栽を作られている庭木業者の方が持っていたので、根の状態もごまかさずちゃんと作ってくれていたので、太根や粗根がなく、
これだけ大きな黒松なのに、普段の盆栽と同じような根の仕上がり状態だったので、思いの外うまく植替えが出来ました。
“規格外“の黒松❗️
これだけの大型の鉢も初めて❗️クレーンで吊る鉢の植え替えも初めて‼️
それでもこういう風な、“お化け“を作っているとワクワクする自分を笑ってしまいます😅










