雨竹 盆栽 水石 便り

盆栽歴50年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”

2021年02月


つい数日前、慌しい国風展・水石展を終えて、久しぶりの床の間飾りを盆梅で設えたのに、もう花は満開を迎えて、
1年間培養に努めた梅の“晴れ舞台“は、その役目を終えて応接室から“関係者以外立入禁止“の、第3培養場に戻りました。

彼岸の頃の温かさが続く中、山椿の懸崖の老木が、真紅の見事な花を咲かせました。

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やっぱり春は花物盆栽の美しさに目を惹かれますね!
椿の盆栽は、やや日陰で一年中育てれば、比較的管理はしやすいです。

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様々な花姿・花色・の種を持つ椿の盆栽ですが、私は目を瞑って浮かぶ椿の自然な花が
大好きです。
これは盆栽の種全体を通して思う事ですが、日本画家が描いた梅や椿に、園芸種と言われるものは殆どありません。
山里、庭先、何処かでふと目に留まった自然の中にある樹々の姿が、心のファインダーに映って残っていると思います。
“珍しいもの“、“稀少種“、は、それも楽しいものですが、私は自然界の淘汰の中で、
その姿や色を創り上げてきた、“当たり前“のものが1番好きです。

先週飾った掛軸「淡雪に月」をそのままに、同じ[雪月花]の飾りでも、梅から椿になる事で、そこに浮かび出る世界観は、季節を含めて別の空間になってきます。

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これも盆栽と言う、その場所に“自然“を運び込める醍醐味だと思います。
脇床には、今年はじめての“水盤飾り“での水石を設えました。

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京都の貴船石。穏やかな稜線を描く遠山姿の中に、残雪の景色を見せる古石。
“水温む“春の訪れを感じるように、水打ちの水盤の取り合わせにしました。

深山に咲く山椿
仰ぐ月には、未だ名残りの淡雪
遥か彼方の山並みには、山間の雪渓

自然のあるがままの世界を、盆栽・掛物・水石・で表現する。
海外での盆栽水石趣味が広がる現代、ともすれば高額作品の購買欲という面では、本家の日本も押されがち。
それでも、こんな永い歴史の総合的な文化の集合体の中で出来る世界観は、私達の国ならではのものだと思います。
そして、この感性こそが、次の時代に私達の国が世界に発信する“日本の力“なのではないか!と思うのです。

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また数日間、この山椿に目を楽しませてもらいます。
1年の共に過ごしてきたご褒美のような時間。
元気にこうして花を咲かせてくれる事に感謝して。


二十代の頃からお世話になってきた趣味家の方、八十路を前に体調を崩され、
半年以上にわたるリハビリで、ようやくご本宅に戻られましたが、半身不随となり、お見舞いに伺った時は「盆栽のすべての処理を頼む」の弁。
日本を代表する企業の重役に、高卒でなられた立派な方。
愛好家としても、季節を楽しみ、飾りを楽しまれる生粋の趣味者。
“たとえ10点でも残されて、お楽しみになって“とご子息と説得の結果、30点を残されて100を超える蔵樹を放出されることになりました。


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よく盆栽業では“旦那さんが止める時は、自分の退職金”などと、まるで自身の儲けのような事を言う人達がいますが、私は昔から苦手です。
勿論商売はしたいですが、そのお客様と歩んだ永い年月、ひとつひとつの盆栽への思い出と、愛された持ち主の気持ちを思うと、
“こんな時こそ、出入方として、これが最善の姿、という扱いでいたい”と、ガラにもなく思うのです。
同じ愛好家として私のまわりで朋友と言える程のお付き合いをされてきた皆さんに、お声かけをして
“後日、全国の盆栽業者が集う交換会に○○さんの放出品を出します。事前に集まって頂き、ご希望があるものを優先して受け継いで下さい”
と申し上げました。
約20点の盆栽が、蔵者の友人達へ継承されます。勿論私は10%の手数料を頂きます。

この中には、旧高木コレクションのものもあり、特に高木さんが財団を興した時に日本橋三越で開催した記念式典「悠久のコレクション」の図録に収録されている五葉松名樹「稲取」もありました。

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バブル期を挟んでの愛好人生。
家一軒分に等しい対価が注ぎ込まれたでしょうが、盆栽は手入状態、時勢での評価、などで、手放す時は“今いくらするか”が基本となります。
たとえ100万出した事を知っていても、プロとして今が30万なら、
蔵者のご友人に「30万はありますのでお願いします」と伝えるのが、私の役目と思っています。
半世紀近い出入方として、自分で儲かりそうなものを先に買うことも出来ますが、
他を捌いて、良いものだけ自分が、と言うのはどうも出来ません(笑)。
それでも数人の友人達で400万ほど、盆栽達の“嫁ぎ先“が決まりました。
あとは、3月1日に開催される「天地会オークション」に全品出品して、キレイに伝票でご報告することにしています。
救いは、ご本人がこの形を喜んでいる事、そして30点のご自身で選んだ盆栽達がある事です。

たとえ半身が不自由となられても、まだまだ楽しんでほしいです。
失礼を顧みず申し上げました。
「○○さん、これだけのご苦労ご苦難をされた方にしか見えないものが、きっとあると思います。ここから見える盆栽の素晴らしさを楽しんで下さい」と。

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1日は、各盆栽業者の皆さんが、“お金にならない”と、競りで声をかけない樹達を、私の役目として、一生懸命買ってみます。


国風展・日本の水石展・と、早春の一大催事も無事終了。
業界人として目のまわる2週間でした。

羽生の庭に帰ると、梅の盆栽の数々が、蕾から美しい凛とした花を咲かせていました。
展示会と商売に追われる刻を終えて、寒気の中でも、楚々と咲く姿を見ると、
人の気忙しさが他愛もない位に、自然はありのままに時を刻んでいる事を感じます。

半月ぶりに、応接室の床飾りをしました。

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盆栽と掛軸を使った「雪月花の飾り」
野梅青軸系の貴賓「月影」。


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昨年手に入れて、鉢合わせをしました。
月影は、花弁に萼の青さが透き映り、淡い萌色を見せてくれます。

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愛好家が相当長く愛培した事が、古感見事な幹味に感じられます。


掛物は、江戸時代後期に京都で活躍した“四条派“の画家、田中日華。

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この掛軸は、“描き表具”と言う筆法によるもので、表具と言われる絵のまわりの部分も、すべて日華の筆によって描かれたものです。

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まるで絵の外側の自然界から雪が深々と降ってくるような、粋で情緒満点の作品です。



脇床には、京焼の人形「紫の上」。


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20年以上前に、京都五条坂を焼物を探して散策している時、“これは盆栽や水石の添景に使える?“と思って、
工房を訪ねて、“あの作品の彩色をやめて髪色と紅だけにして作って下さい“と、
今思えば、陶芸家の方になんて無礼な注文をしたものかと、頭をかいています(笑)。

音も無く、しんしんと降る淡雪の中に浮かぶ月
冷気厳しい中でも、春の訪れを伝える梅“月影“の気品ある花姿、
月に雪に花に、何かに想いを寄せる紫の上の姿

やはり、私はこんな風趣を楽しむ世界が大好きです!
(中々、これだけでは食べられませんが、笑)


【幻の祖母五葉松!初公開‼️樹齢250年!】

国風展併催の上野グリーンクラブ『立春盆栽大市』も、後半「国風後期展」に合わせて、
小店2カ所のブースの“プレミアムブース“を、飾り替えしました。

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前期展で飾った「木村正彦先生、初公開巨大真柏」も、予想に反して(失礼しました)ご成約になり、
もうステージの役目は充分に果たしたのですが、売約品を自慢そうに飾っておく事は、昔から大嫌いなので、
中日に下げて、これも初公開の五葉松を中心に飾りました。


250年の歴史が克明に残っている「幻の祖母五葉松」。

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本当は3月に開園する「大徳寺内・芳春院盆栽庭園」の柿落としに飾ろうと思っていましたが、ひと足早く、帝都での披露とさせて頂きました。
正直、今回の国風展は、コロナの影響で、殆ど売れないと思っていましたので、
こうして高額の盆栽達が、いらっしゃるお客様達のお心を掴んで下さったこと、本当に嬉しいです。


また、映像に写っているイワシデの大型盆栽は、私が20代より関わった斯界の誰もが知る名品。

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旧蔵者のご好意で、30年ぶりに私の棚に帰って来て一年。
鉢を入れ替えて、これも大徳寺で披露しようと思っていましたが、友人の盆栽園主人が国風展にご一緒にお連れされた愛好家の方が、
“今回の大市の中では、この樹が一番だね”と仰って下さって、お求め下さいました!
なんと30代の方❗️
しかも「どうぞ大徳寺の開園に飾って下さい。引渡しはその後で良いですから」と。
ありがたいことです。

社会も盆栽界もコロナで苦しい刻の中、それでも盆栽が心を癒してくれると思って下さる方々。
毎日“今日が一期一会“と思って、出会いを大切にしたいものです。


【展示作品の重厚さは、前期を上回る⁉︎】

桜が咲くような暖かい日が続く中、第95回国風盆栽展も、後期展(13~17日)が始まりました。
前期展にも増して、展示作品の内容は高く、私見ですが後期展の方が全体としての内容が厚かったように思います。(中品・小品は前後期共に互角⁉︎)



特に国風展の中で総合的に優れた樹に与えられる「国風賞」は、やはり圧巻の存在感でした。


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しかし、私は世界の盆栽展の象徴的存在のなっている国風展は、選考の上入選した名品の数々を鑑賞する場であって、
どれが1番良いか?と言うような考えは不要だと思っています。
勿論、審査と言うものは、人が行うものなので、各自の思考によって優劣は多少違うのは当然です。
但し、多様化する盆栽美が世界に広がる中、上位の選考対象となった作品は、どれも素晴らしく、
“これが最高のもの“と、一般の観客が判断してしまう材料になりやすい事に、危惧も覚えます。

古典的な“刻と鋏“で仕立てられた古盆、名匠の技が生み出した絶品、風趣風韻を心に感じる味わい深い樹、
盆栽の美に対して捉える幅は広く、もっと深い意味で言えば、その人ごとの人生観が反映する部分もあると思うのです。

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ただ単に、超が付く名品に感嘆の声を挙げるのではなく、それぞれひとつひとつの盆栽が持つ「表情」のようなものを、
楽しみ、学び、ここまでに辿り着いた、盆栽達の“生きた姿“を味わう事こそが、国風展の真のあり方ではないでしょうか。

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でも、コロナ災禍の中、こうして100年の歴史を持つ展覧会が、
日本はもとより世界の盆栽を愛する愛好家の方々と、それを支える専業者の協力で、途切れる事なく、開催された事に感謝したいです。

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