雨竹 盆栽 水石 便り

盆栽歴50年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”

2020年04月

【「涙藤」と名付けて】

外出自粛令の中、雨竹亭の庭は陽春の麗かな花物盆栽達が、競うように年に一度の絢爛を見せています。
普段の年ならこの季節『春の観賞会』と銘打って、一般の方々、お得意様達、同業の盆栽園の方、盆栽作家等々、
対応に追われる日々の中に居ますが、今年は庭の盆栽達を守るスタッフと私だけです。
「誰も来ないのだから、作業に専念すればいい」と、応接室などの飾りを控えても同じなのですが、
若い頃から「盆栽園は訪れる方々に盆栽の素晴らしさ・美しさをお見せするのも大切な役目」と思って過ごしてきました。
ウィルスの為にどれだけの人々が苦しんでいるのか!
辛く心が締め付けられるようです。
私は、誰も訪れない中でも、出来る限り普段通りの盆栽園の姿を守ろうと思っています。
それが、1年間一生懸命管理してきた季節の盆栽達の「晴れ姿」なら、せめて舞台を作ってちゃんと飾ってあげたいのです。
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先日も早めの藤の盆栽の飾りを紹介しましたが、今回は別の樹で、趣向を変えた飾りを作ってみました。
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五月雨のように咲き下がる美しい花姿。
掛軸には明治の名筆・今尾景年の「月にほととぎす」
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藤の盆栽の合わせ掛物は、4~5月の季節ものですが、前回の「揚げひばり」の軸ですと、
里山のどちらかと言えば、“人の住む世界の近く”の景となりました。
今回は霧煙る山々にスーッと翔ぶほととぎすとひと声の響く鳴き声。
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花下には、水を湛えた安部川の溜り石。
水盤は涼やかな季節に古渡の炉鈞窯の名器。
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そして琵琶床に木彫の「浮見堂」※田中一光作。
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朧の月の下、藤の花は満開に咲き誇り、足元には石清水を湛えた石。
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遠く山々の向こうに“有るであろう”湖水に見える浮見堂。
季節の盆栽も周りの道具立によって、浮かび上がる景色は限りがありません。
誰も観る人のいない季節盆栽の飾り。
咲く藤の花に“涙”を感じるくらいです。
あえて勝手に席題を付ければ『涙藤』と言いたいです。

【掛軸を使った黄木瓜バラの席飾り】

日本全土にコロナウィルスの災禍が人々の生活に苦渋の刻をかける今、こんな刻だからこそ、
ご自宅の盆栽達とせめて豊かな刻を過ごして頂きたいものです。
季節より少し早めに咲き始めた「黄木瓜バラ」の古樹、これだけでも充分楽しませてくれますが、
道具立てを取り合わせる事で、そこに広がる景色は大きく広がります。
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季節の花物盆栽は、可憐な花姿を愛でる“身近な世界観”となりがちですが、
盆栽の幹や枝に鉢持ち込みでしか現出しない“古趣”つまり厳しい刻を重ねた樹にしか見られない味わいがあるものは、もっと深い景趣世界を設えてみたいものです。
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今回は霞む山と一羽のほととぎすの掛軸を取り合わせてみました。
中型の盆栽に掛物を合わせる時、できれば樹が小さく見えないように、縦長の掛け軸よりも、横物の少し小ぶりな軸を使いたいものです。
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山里の麓に生きた木瓜バラの古樹。
老樹でありながら霧煙る季節には可憐な花姿が枝先に。
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遠くを仰げば芽吹に萌える山姿。
そこに一羽のほととぎすが一声鳴いて一閃。
自然の移ろい、静けさの中の盆栽の色彩、「樹画一体」の境趣です。
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添えの飾りに山裾に流れる川面の舟。
“静けさと“動”。
この時に船の材質も考慮したいものです。
主たる盆栽が花物ですので、唐金や古銅などの鋳金ものよりも、陶製や木製、つまり“堅くない存在感”に努めたいですね。
添景である舟も出来るだけ小さめ、大きくなると景色が“目の前”で強く余韻が無くなってしまいます。
床の間が無くても、添景や色紙掛けなどで、お部屋の中に盆栽が主人公の別世界が浮き上がります。
皆さんもお手持ちの盆栽でご自分の「心の中の自然」を楽しんで下さい。


【名匠・木村正彦師・渾身の作出!】

今から11年前、北海道盆栽界に太いパイプのある埼玉県盆栽業者より
「蝦夷松の未完・未公開の大変な樹がある。買わないか?」と連絡を頂き、現物を確認した時、
圧倒的な大自然が創り上げた天然樹形と、想像すら出来ない程の年輪の古さに“この樹は将来盆栽界の代表的な蝦夷松になる!”と確信しました。

但し高額であること、仕上げるのにある程度の時間がかかることなどから、
大型名木の著名愛好家である福島県の大家にお持ち頂き、植替え・整姿・針金掛け・を繰り返し、
今春、満を持して盆栽作家の頂点に立つ80歳にして今尚日々作品制作に励まれる名匠・木村正彦先生に完成への“最後の仕上げ”をお願いしました。
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樹齢500年を優に超える年輪を持つ大樹。
遠い昔より現地では「蝦夷松の王」として、“神”を意味する『神威・かむい』と言う名を冠されたこの樹は、人の手を嫌う程の存在感。
これに立ち向かい、樹と対峙できる作家はひとりしかいませんでした。
先日、仕上がったこの樹を所蔵者である福島県に持参して、予定される新たな鉢が、余りの大きさの為、1年前に中国宜興窯に特別注文しておいた朱泥長方に4人がかりで植え替えました。
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ここから数年の刻をかけて、姿に“なじみ”を持たせます。
未来に遺す遺産と言える名樹を手がけること、盆栽家冥利に尽きる仕事になりました。
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外出を控えてご自宅にいる時間の多い中、退屈しのぎに、“売れ残りのかわいそうな石や盆栽で、遊んでみました。
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石は水石として1点では見づらいもの。
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真柏は細いまだ6〜7年生の若木。
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これに砂と何でもいいから水盤の代わりになるもの(観葉植物のトレイなどもいいかも!)
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有名な庭師の方が言いました。
「石には必ずどこか見所があるもの。そこを見せて見づらい所はたとえ半分でも庭に沈めるんだよ」
この言葉と同じに、小さな石の中にも、厳しさや雄大さ、そして「どこかの風景で見たことがあるような」所があるものです。
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これを自分の感性で思いのまま組み合わせてみると、意外な景色が生まれるのです。
手前に「近景」を作って、奥に「遠くの風景」を合わせてみる。
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もし、お手元に何か風景を扶けてくれる今回の船みたく、フィギュアのようなものがあれば、
それを風景の中に上手に組むことで、より実景のような世界があなたの手によってできます。
石の置き方、盆栽の種類などで、僅かな持ち物でも、千変万化!
ご自分のリビングや机の上に、あなたの心が描いた「貴方だけの心の風景」が毎日その姿を変えて現れます!
ウィルス災禍の辛いニュースがテレビを覆う毎日。
せめて盆栽と石が、部屋の中で癒しと楽しみになる事を願っています。
盆栽屋の手慰みでした!



まだ4月の半ばだと言うのに、羽生の庭の藤の盆栽は花房が開いて降り始めました。
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藤は蔓性で、持込みの古い単幹のものが少なく、この樹のように枝先まで切返しの無いものは貴重です。
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年に一回の花物盆栽の咲き誇る時、一度はちゃんと床飾りをしてあげたいですね。
今回は、藤の花に合わせて「雲雀・ひばり」の細身の掛軸を使いました。
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通称「揚げ雲雀」と言われるこの図柄は、本当は4月末から5月中旬に使うものです。
田畑に早苗や若葉が茂る頃、天高くに囀る(さえずる)鳥です。
まるでヘリコプターのホバリングのように、1か所に留まって鳴いています。
陽春の代名詞の雲雀と、花房を降す藤。
これだけでも、充分な見応えのある飾りですが、
脇に添景、まさに名の通り、景色を添える様々なものを取り合わせることで、
更に盆栽を中心にした世界観・季節感・そして風趣が描き出されます。
今回は、木彫の農屋を象った置物にしました。
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金工として名高い本間琢斎の作品です。
藤などの花物盆栽に合わせる添景は、そこに現出する景趣は勿論大切ですが、できれば花に金属のものは避けたいものです。
添景の“格”や強さは、金工物・陶製・木彫・の順になります。
どれが良いと言うのではなく、主飾りになるものによって、脇飾りの質(マテリアル)は違ってきます。
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花咲き、ふり降りる藤、仰げば天高くに雲雀の囀り。
穏やかな陽春の日和の中にひっそりと長閑に庵ひと棟。
飾りとは、ありのままの自然の風景を、心の中のファインダーを通して、余計なものを消し去ってしつらえるものです。
是非、皆さんも、ご自分の盆栽や水石で楽しんで下さい。
一点の観賞から、設えの組み合わせで、日本人ならではの総合的な美が毎日楽しめます!

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