この頃、10年を超えて続けているこのブログや、YouTubeで多くの皆さんに発信している「WABI CHANNEL」などの影響からか、

最近色々な所から、私のような盆栽と水石の事以外は、“社会の劣等生“と言える者に、講演の依頼が来ます。


拙い私ですが、お受けしたからには、非力浅学の身でも、精一杯の事をお伝えしたいといつも願っています。

盆栽の歴史や、樹齢数百年の名木などをお見せしてお話しすれば、皆さん喜んで下さいます。


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しかし、66歳、盆栽の世界に入って51年になると、ふと振り返ることがあります。

私が、盆栽を「天職」と思えるようになったのは、そのようなことだっただろうか?と思う事です。

長い時の中で、挫けそうになったり、命の灯火すら消えかかるほど“心の病“の時、

私をもう一度歩き始めるまでにしてくれたのは、決して名樹のような盆栽達ではなかったように思います。


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誰にも振り返ってもらえないような、小さく見すぼらしく、中には半身が枯れてなお、懸命に“生きよう“として

残された枝や芽を必死に陽の光に向かって伸ばしている“健気な樹達“だったように思います。


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勿論広義としては盆栽の古木や名樹からの感動は大切です。

でも、“見捨ててはいけない命“に対しての見方も盆栽から感受出来る、誰にでも伝えられる“心の有り様“とも思うのです。

“どうしたらその両面を伝えられるだろう?“

最近はそんな事を考えることが多くなりました。やっぱり年ですかね💦