50年以上この道にいると、様々な思いが巡ってきます。
若い頃“盆栽とはどんなものが一番なのか“とか、“どうやったらその盆栽が作れるのか“など、
でこぼこ道の盆栽人生の中で、道に迷うことしばしばといったところでした。
今もそれは同じですが、最近思う事があります。
近年の盆栽界は、どちらかと言えば、“綺麗“な盆栽が主流になっているようです。
管理も手入れの技術も私が修行に入った頃とは雲泥の差と言える進歩!
見事な手入れを施した樹が展覧会に多く出品されています。
勿論世界に広がった盆栽、それでも海外の方々が日本の盆栽を高く評価して下さるのは、
この管理と手入れの技術的高さによるところが大きいと思います。
でもふと振り返る事も多くあります。
50年前、まだ小僧だった私は、諸先輩に国風展などの最高レベルの展覧の目に見えない“大切なもの“を教えてもらったように記憶しています。
※出典:昭和14年刊『盆栽大観・天の巻』
まず、最高の舞台へと盆栽を仕上げるには、「極力針金施術はない方が良い」という事です。
盆栽は長い年月をかけて“持ち込んだ樹が良い“、
また、「展覧会の為に急ごしらえで名鉢に入れるのは真の愛好家ではない」とも言われました。
現在では当然の姿となっている、真柏などの枝接ぎによる糸魚川真柏の葉性の良いものへの“衣替え“も、
“枝接ぎものは良くない“と言う風潮もありました。
※出典:昭和14年刊『盆栽大観・天の巻』
また、今は「大阪松」とも呼ばれる宮島性の五葉松なども、“黒松に台接ぎしたもので、真の五葉松盆栽には一段下がる“と言った考えもありました。
こんな事を挙げると、現代の盆栽の価値観と半世紀前では、まさに“様変わり“といった感すらあります。
技術的な進歩がその裏付けになっている事も確かですが、盆栽に求められる“美に対する価値観“が変化したのかなとも思います。
小品盆栽が、手のひらに載る“ひと枝の古感“から、大型盆栽の樹相を求めるようになったように、
一般の盆栽サイズのものも、海外との交流が多繁になる今、誰にでも分かりやすいものへと変化したように思います。
多様化する盆栽の姿、どれが良いとか、何が正しいという定義はないと思いますが、
先人達が伝えてきた“審美“の盆栽観と言うものは時代が変わっても大切にしていきたいものです。









