雨竹 盆栽 水石 便り

盆栽歴50年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”

【芳春院盆栽庭園・秋の入替、庭園観音開堂‼️】

彼岸も過ぎて、大徳寺の庭園も秋の入替となりました❗️

IMG_1300
姫林檎の貴賓種“紅姫“や、国風展出品の赤松大樹に同じく杜松の名樹、
盆栽観賞の佳き季節を迎える中、日除けの為にひとつずつ掛けていた、“夏帽子“の寒冷紗も取り外して、スッキリとした“庭構え“になりました。

IMG_1299
通玄庵の床の間には、“十三夜“に因んでの糸すすき。
扁額に篆刻されているのは、この庭園に隣接する「如意庵」大徳寺の名僧、立花大亀老師による“閑雲“。
脇には野仏とも取れる丸い瀬田川石。
席全体を糸すすきに合わせて、真行草の“草“の設え!

そして、数日前に、芳春院和尚様と副住職の宗俊師によって、開園よりの念願であった、
“盆栽庭園の守り本尊“ 如意輪観音様が鎮座開眼されました❗️

IMG_1298
約300年前の、お貌の慈悲深い観音様。
ここから庭園の盆栽達を守って頂く仏様です❗️

東の比叡山を仰ぐ形で座すお姿、生きとし生けるものの苦悩や煩悩を掬い取って下さる仏様に
盆栽はもとより、私達“煩悩のかたまり💦“も、救って頂ければと😅願っています❗️


毎年2月、東京都美術館で開催される『日本水石名品展』も来春で62回。
先日、都内「春花園盆栽美術館」で、その出品選考審査会が行われました。

IMG_1277
海外を含めて、全国より集った賓石の数々❗️
その数百数十点‼️

協会役員による審査を経て、単体の撮影、夜までかけての床の間飾りの撮影💦

IMG_1276
開催時に完成させておく、図録制作を間に合わせるには、この時期に撮影を済ませなければなりません。
伝来名石から、出品者が過去に探石(山河で自採した石)まで、幅広い水石が一堂に陳列される一大イベントです。
“水石の文化を未来に伝えたい“   そんな事を願って、美術館開催と言う“開かずの扉“を開けてから、もう12年❗️

IMG_1278
今は“この流れをどうやって次の水石界を担う人達に受け継いでもらうか?“が、私の命題です。
盆栽と違って、“蔵深くに眠れる“水石達。
毎回“こんな石があったんだ“と、目を見張る石が出てきます。 
ここから写真校正、ページ割り、そして各石の解説💧
石は何も語りませんが、こっちは目が回る💦日々が続きます❗️


40歳で初渡米して、8度の講演、25年の歳月が、親しい友人の何人かを偲ぶものになりました💧

IMG_1219
ニューヨークからペンシルバニアへ、水石の友として十数年ぶりの再会を果たしたショーンスミス!
新しいアトリエで、旧交を楽しむ時、五大湖付近、ロチェスターのビルは、10代の頃よりの仲!

IMG_1218
ワシントン国立植物園には、天国へ逝ったロンの水石を寄贈、
25年前、初めての講演で慣れない私の通訳をお願いした、ヒデコ・メタクサスさんは、93歳‼️

アメリカ横断の友人達を訪ねる旅は、人の温かさを感じるものでした。
イギリスから通訳兼案内役をしてくれた、ピーターウォーレン氏にも感謝です❗️

IMG_1220
久しぶりのアメリカ、やっぱり大きな国です。西と東で時差3時間❗️
これからも、国は何処であれ、私ができる事を伝えていきたいと思います。


今年の十五夜は9月17日,翌日が十六夜(いざよい)そしてこのブログがアップされる19日が、立待月!
そこから居待月・寝待月・更待月・夜明け前の“有明の月“・日本人は月をこうして愛でて暮らして来たのですね❗️

IMG_1167
まだ穂は上がりませんが、糸ススキを飾ってみました!
足元の余分な葉を漉いて、スッキリと見えるように。

IMG_1166
掛物は、まさに“中秋の名月!
明治の大家、鈴木松年の秀作。

足下には木彫のうざきの対。
添えにうざきは、日本的な月見の席ですね。

盆栽飾り、水石飾り、その中でも、季節を映すこのような楽しみは続けたいものです。
ただ、暑さが残る時期が少しずつ長くなる中、ススキの穂が上がるのが遅れ気味のこの頃、
季節の移ろいも、温暖化でズレがち💦です😓


昭和49年9月1日、貧しい中、簡単な着替えだけで住み込み修行に入った日。
あれから50年の時が経ちました。
歩いて来た道のりを振り返れば、何度も荒波の中を通って来たようにも、
あっという間に走馬灯のように出来事が過ぎていったようにも思います。

IMG_1153
15から20歳まで、栃木の盆栽園から殆ど一歩も出ずに過ごしたあの頃、
師匠に言われて、右も左もわからない東京銀座の店へ、毎朝
6時に出て、夜9時過ぎに帰る日々。
預かった店で1日何も売れずに師匠の家へ着く前にひとり途中でため息をついたあの頃。
23年、番頭を務めて“寝ずの森前“と言われて走った思い出。
39歳で万感の想いで、無一文で独立した頃、“銀座百日戦争“と小説にまでなった銀座店。
在らん限りの挑戦の末、莫大な借金を抱えて明日すらも思えなかった日々。
私はいつの時代も多くの方々に助けられて此処に居るように思います。

IMG_1155
エスキューブとして盆栽業に邁進する中、出来ることを精一杯やろうと走ったこの20年。
65歳になる今、此処から自分に何が出来るのだろう?
何を残し伝えれば良いのだろう?

そんな事ばかりが頭に浮かぶ今です。

IMG_1154
プロとして、盆栽水石を愛する者として、足元の小さな事でも、仰ぐ夢のような事でも、
次の時代のプロ達の参考になる足跡が作れればと、拙い身で願っています❗️

でも💧体力がなくなりました😅トシですね~💦

↑このページのトップヘ