雨竹 盆栽 水石 便り

盆栽歴49年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”


中国、唐の時代の都、西安で出会った少年達は、日本での3年の修行を、私の所と、木村正彦先生の所で、必死にその腕を磨きました。

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“2度と出来ない貴重な時間“  彼等は誰よりもそれを理解していました。
朝から晩まで、自分に与えられた時間すべてを盆栽の為の時間としていました。

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言葉すら誰が教えるでもなく、帰国の頃には、日常会話には困らない程になっていました。
コロナ発生直前に帰国してもう3年余り、名匠、王永康先生の所で過ごす2人は、
私の“目先の商売などに捉われるな、王先生の下で、盆栽の作出技術の研鑽だけに集中して頑張れ!“ 
という教えを頑なに守って、彼等は私の思った通りの技術者に育ってくれました。

“もう一度日本で更に深く教えたい“ そんな身勝手なことすら思う2人です。

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2人の故郷である中国で、ここからどんな幕を開けてゆくか?楽しみでもあり、不安でもあります。
“染まらないで欲しい、生粋の盆栽人であって欲しい“ 
それを願うばかりです。

そろそろ、悠久の大陸を久しぶりに周遊したくなりました。
“何を伝えるべきか?“  65歳になる今、そんな事を思います。


5月16日~7月15日、長野県岡谷市で活躍した、
盆栽水石界の巨人、小口賢一翁(号・寉甫)の書における足跡を遺された作品によって、市立岡谷美術考古館で開催されています。

5月18日は、翁の足跡を顕彰する刻があり、ご子息小口博正氏を中心のこの企画に私も久しぶりに岡谷市へ伺いました。

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出典:市立岡谷美術考古館HP https://okaya-museum.jp/

盆栽や水石を書と同じく、日本人の感性が成し得た芸術と捉えた翁は、
生涯生業の傍ら、自身の内なる研鑽によって、独自の境地へ達した書風を創り上げました。

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私も若輩の頃、賢一翁には、多くの薫陶を頂き、時にはその書を制作している隣で拝見する機会も得ました。
翁が逝ってもう長い時が過ぎました。
果たして今の盆栽水石界に、翁のような気概でこの世界を見つめた方がいるでしょうか?

文化財として登録されている盆栽庭園と建築「寉龍庵」は今も博正氏と奥様が、守って下さっています。

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翁の遺された盆栽達も、この庵で変わらぬ刻を送っています。
“顕彰する心“  多くの天界に逝った先人達が願った事、私達は今日を生きる事に傾注して、
巨人達が示してくれた“何を求めているのか?“を、もう一度再考すべき!という事が心に沁みる時間でした

【五月雨の庭園・禅林の静謐・至福の雨】

YouTubeで続ける『WABI CHANNEL』も一年、英訳付のこの動画は、海外の方々も多くご覧頂いているようです。
その影響?もあるのか、数多く訪れてくださる海の向こうからの来園者が、
ご自分でアップしてくださる盆栽庭園の姿が、また新しい来園者を呼び込んで下さる。

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ありがたい事に、この春からの拝観者数は右肩上がりです。
開園時間中は途切れる事なく、庭園を鑑賞される方々で賑わっていますが、
ひとたび、雨の日となると、大徳寺という“拝観禁止“の塔頭が殆どの禅林。

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散策だけが観光となるので、訪れる方も少なくなります。
“今日は静かだな“と思う反面、その時が至福の時なのも事実です。
雨の雫が、蹲や水瓶に水滴の輪を作ります。

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元々が電線一本も見えない巨刹、庭園は霧煙るような空気に包まれて、その中に佇む盆栽達の“声“が聞こえてきそうな程です。
庭を眺めることが出来る展示棟の腰掛けから、静かに庭と盆栽を眺めれば、聴こえるのは雨音と時折の修行道場からの鐘の音だけ。
まるで座禅をしているような、自問自答する刻が流れてゆきます。
多くの皆さんに楽しんで頂きたい盆栽庭園。
でも時にはこんな雨と盆栽だけの時間も嬉しいものです。

【芳春院盆栽庭園・老樹の健康を守る・“嵩下げ“の作業❗️】

大徳寺の境内にホトトギスの鳴く声が聞こえてくる季節、盆栽達も新芽を伸ばし、
根は水を吸い上げるのに、鉢の中で懸命に伸ばしています。

樹齢を重ねた大型の古樹は、植替えの間隔も数年に一度、それでも表土は肥料などの塵で“目詰まり“しやすく、
水掛けをしても、鉢中に沁みる前に、外へ流れてしまう樹もあります。
特に“今年植え替えようか?来年しようか?“と迷って、見送った樹達は、
暑気が強くなって、朝夕の水が必要になる前に、“嵩下げ“の作業が大切になります。

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世界大会のポスターにもなった一位の名樹「麒麟」もそのひとつ。
根元を覆う苔を取り、表土を一段丹念に掘り下げてやり、水をかけた時に、
鉢の上にまるでダムに水が溜まるようにしてあげると、その貯まった水が、ゆっくりと鉢中に沁み込んでいくのです❗️

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透し切込み💦古葉抜き💦
季節に合わせて、私達の仕事は追いかけられるように続きます❗️


日本の盆栽鉢作家達が、次々と亡くなり、“本物の盆栽鉢“を作る方が、本当に数少なくなりました。
不足する分を補うように、中国より大量の“新渡“と呼ばれる鉢が、我が国に届きましたが、
20~30年前の作品は、それでも1点造りのしっかりしたものがありましたが、
経済成長著しい中国では、“陶都“ 宜興ですら、大量の胎土と手間のかかる盆器から、
アトリエの一室でも作れる茶陶関係に、若い陶工は向いてしまっています。

8年程前、中国の最上質の陶土を用いた、往時の“失われた盆器“の再現をしてみようと、泥物の宜興、釉薬の広州(広東)に赴いて、
30年50年の後、多くの盆栽界の方々が、良質の鉢として楽しめるように“実用の名器“を作り始めました。

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本物の土、本物の焼成、本物の釉薬、幾度も訪れて、現地の陶工の人達と交流を深める中、
少しずつ、お互いが、“良い物を作りたい“という意識で共通した人間関係にまで、辿り着きました。

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出来上がった鉢を少しずつ日本に運び、試験的に、展覧会のブースなどで発表して行くうちに、
プロの方々から“良い鉢だね“ “森前さんの作った鉢は、寒さに当てても割れたりしない“など、一定の評価を頂くまでになりました。

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“全国に広めたい“  そんな思いから、カタログによる地域性を無くした通信販売への計画を立てて、
現在、その集積地と設備を模索しているところです。

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制作・輸送・様々なコストが値上がりする今、実際に事業になるものか!不安なところもあります。
しかし、“この仕事はやるべきものか?“と、自問すれば、“必ず未来に答えがある“と確信出来るのです。

私がいなくなる頃(15~25年後💧)には、国風展などでも見かける鉢になってくれればと思います。
それにしても、いろいろ“係り“が加算して、頭が痛いです😓

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