雨竹 盆栽 水石 便り

盆栽歴42年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”

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【今は亡き加藤三郎先生の遺作を前にして】

業界の中では日々仕事を供にする蔓青園5代目 加藤崇寿氏。
先日この蔓青園に久しぶりに伺いました。
名樹の数々は相変わらずです! 
庭の一角に 蝦夷松の大型寄植え石附が大切に管理されています。
これは 日本の盆栽界の現代の姿を築いて下さった、蔓青園3代目故加藤三郎先生の遺作群です。
人が天寿を全うしても、その作品は受け継がれた人達の愛情で次の時代へ残されてゆきます。
あまり語ることはしませんでしたが、三郎先生は私にとって特別な存在なのです。
勿論、協会理事長職や名声を思えば不遜な事かもしれませんが、17年前の出来事は今も鮮明に覚えています。
銀座の店を開いて数年、事業資金などに行き詰まって店の存続を悩んでいた時がありました。
業界内での面倒臭い慣習や、業者同士のレベル低い脚の引っ張り合いなど、本当に嫌になっている時でした。
商用で三郎先生の所にお伺いした時、先生は当時の私の胸の内を察してか、
「森前君はあまり業界の事は考えなくていいんだよ。君は"銀座"に盆栽店を持ったんだよ。
この店を1日でも長く頑張る事が盆栽界にとってどれほどありがたいものか、それこそが君にしかできない事なんだよ」と。 
誰からも無理と言われた銀座の店、その店で頑張る勇気を先生は私に教えて下さったのです。
偶然ですが、銀座の店は開店日が5月15日、奇しくも三郎先生誕生日。
目の前の先生の作品を見て、私がやるべき事を改めて思う刻でした。


【銀座雨竹庵  夏季店の連日営業が始まりました!】

「夏の東京24区」軽井沢に銀座店夏季営業店
始めて6年目となりました
"盆栽をひとりでも多くの方々にご紹介する"ことを私共の仕事と思い、
"売れないオシャレなお店"は今年も元気に!
手のひらにのる可愛らしい草物から
小品中品の優良盆栽まで、
日本を代表する避暑地「軽井沢」で盆栽に会いにいらして下さい。
ご来店の方には羽生本店上野店銀座店 共通のご優待券をもれなく差し上げています。
勉強中の新人スタッフ2名がお待ちしております。


雨竹亭は2000点を超える盆栽達でいつも“手入れ待ち”の状態です。

本店は勿論のこと、銀座店軽井沢店
そして都内で幅広くご利用頂く“ディスプレイサービス”つまりレンタル盆栽等々、
全国から仕入れられた樹々は羽生での教育(整姿手入れ)の後に
“一人前”の顔をして世間に出発します。

それでもある程度のレベルの樹になると、
手入れ班6人(内2名熟練1名中堅3名見習い)の実働では
“100本の盆栽が列をなして待つ”ことになってしまいます。

私の友人である著名な盆栽作家達も応援はしてくれますが、日常的にとはいきません。

ここで感謝に堪えないのが日本を代表する盆栽作家 木村正彦先生の応援です。

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写真の盆栽達は先週木村先生のところから
「教育」を終えて我が家へ帰ってきた子たちです。

世界に名を成す先生が私共の協力をして下さることはとても不思議に思われるでしょうね。
先生は何もおっしゃいませんけど、私が思うに幾つかの先生らしい
“思いやり”があるからと思います。

ひとつは私が先生と40年近いお付き合いがある事で私の師匠とも親しい間柄だった事です。

もうひとつは先生のところは日本を代表する名木が殆どで
お弟子さん達が“練習”するのに私のところの
“子供達”は丁度良いのだと思います。

そして先生は巨匠と言われる今でも、私が若い頃お会いした時の印象と少しも変わらず
いつも盆栽の手入れや改作の事が大好きのようです。

「どうもお疲れ様」と手入れのお願いにお伺いする度、
汗を拭きながら優しく声を掛けて下さる姿は、盆栽人の後輩としても頭の下がる思いです。


「針金を少なく、樹に出来るだけ負担をかけない」
先生の整姿施術の真髄は又このブログの別の機会にお伝えします。

 

羽生、銀座、多くの愛好家の皆様にご愛顧頂いて私共は「雨竹亭」「雨竹庵」を営んでおります。私自身、こういう電波の世界は苦手で若いスタッフに任せておりましたが、「他には無い中身の濃い、面白いブログを」という声に背中を押されて、慣れないキーボードを一文字ずつ押して始めることにしました。日々の出来事、感じた事、盆栽水石界の“本音の話”等々、その時の思いつくままをお伝えしたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

盆栽家  森前誠二

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