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盆栽歴42年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”

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【高砂庵 岩崎大蔵先生遺愛の松  本堂に展示!】

大徳寺芳春院は戦国大名前田利家の妻「おまつの方」が400年前に建立した名刹。
今回の玄虹会では、ここに高砂庵 岩崎大蔵先生遺愛の五葉松が出陳されました。

堂々たる威容を誇るこの樹は岩崎先生が所蔵数百の四国五葉松の中でも特に愛されていたものです。
現在は日本アルプスの麓、水清き安曇野の里で玄虹会会員 等々力義明先生が大切に愛蔵されています。
本堂西の間に朋友達の水石・盆栽を前室にして襖奥に設えられました。
樹齢250年、圧巻の太幹、ごまかしのない幹芸と葉性など、
まさに質実剛健な禅寺に鎮座する戦国大名の生き様の化身のようです。

座敷飾りというと、洒落た空間有美な盆栽に掛軸・添景を連想されるでしょうが、
盆栽1点を卓の吟味、そして飾られる「場の空気」を読みとってただひとつに集約して飾ることも、
"ここに始まりここに至る"究極とも言えます。
席主は前述の風情ある季節飾りにおいては甲信越を代表される名手です。
今夏、僅かに体調を崩されようやく本復となる間際での出陳熟考、
同朋の方々に大徳寺まで本人が行けずとも"我が身の替わり"にこの大樹を準備されました。
迫力ある大型名木を出陳する意気込みを「私は元気だから」と友人達への心のメッセージにされたのでしょう。
展覧会などで授賞を競う楽しみ他に、この様な"友へ伝える心"によって飾られる座敷飾りも
日本の盆栽愛好家の素晴らしい一面ではないでしょうか。


【静謐の極み 玉堂・伊豫石・五葉松】

大徳寺塔頭「芳春院」の別室 書院に設えられた席は、
本床に水石飾り、対面の毛氈飾りが、一体となった"室ひとつを舞台"とした深い"考案"がなされた展示です。

本床は、川合玉堂筆「三更」月に落雁、題の三更は深夜"子の刻"つまり11時〜2時の名。
暗闇で見えぬ夜空の月明りに雁の姿、
画中には描かれていても目では見えぬもの、眼下には人影も無い瀬の岩場。
遠くには杣人の庵らしき粗屋。
まさに"侘しさ"漂う景色が浮かんでいます。
利休に代表される茶人の精神を表した藤原定家が残した名句
「見渡せば花ももみじもなかりけり、裏の苫屋の秋の夕暮れ」
そこに存在する景色が「寂びがれた景色」それを観て人が喚起される「侘び心」
この相対こそが俗に言う「わびさび」の真実です。
ひとつの言葉として使われる現代ですが、両者は具象と心象の相対なのです。
本席はこのもっとも日本的な美意識を水石飾りによって見事に表現された好例と言えます。

対面する五葉松は細身の根連り。 
あくまで細く百年を超える樹齢を経ても盆中で肥培させず、老幹の揺れ立つ姿の林立が、
かの長谷川等伯の名画「松林図」を彷彿とさせる程の精神美を纏っています。
盆栽は人の手によってその姿が形作られてゆきますが、
長い刻をかけることで"人の介在と存在を消し去る瞬間の美"が現出されることがあります。
この樹はまさに今、香り立つその美をみせています。
傍に置かれた木彫の「笠と杖」作者田中一光師の銘は"旅の終わり"。

神韻漂う松林は辿り着いた"悟りへの道"、長い求道の旅の末、旅人が旅装と解いた安住の地。
盆栽と添景が共鳴して描き出す更なる"奥の世界観"。
本室は世界に誇る日本の盆栽水石趣味の深奥を感じる見事なものです。
脱帽!


【第8回「玄虹会展」 盆栽・水石飾りの頂点】

明治・大正・昭和前期に花開いた"座敷飾り"における盆栽水石の美の追求を今に伝える「玄虹会展」が
今年も臨済宗大徳寺派本山の塔頭「芳春院」で開催されました。
戦国武将 前田利家の妻 "おまつの方"が建立したこの名刹は今年創建400年を迎えました。
本堂から始まり、近衛家寄進の大書院、院全体も非公開寺院ですが、
とりわけ奥に位置する茶室「迷雲亭」「落葉亭」は茶人すらが拝見を憧れる文化財。
海外よりの盆栽熱が高まる中、日本の真の盆栽水石文化を物語る最高の世界を3回に分けてご紹介します。
今回は大書院の格調高い飾りです。
鎌倉期の阿弥陀如来の来迎図に貴重盆栽の長寿梅。
神韻纏う古筆の仏教的気高さと二度三度と一年に咲く長寿梅を "めでたさ"の気品で取り合わせた見事な調和。
脇床は「北の御所」と謳われた京都大覚寺伝来の天龍川石 銘「泰山悠遠」
霞棚は法隆寺伝来の百萬塔。
人々の住み暮らす万象の自然界である雄大な山々は本床の精神性を扶けています。
棚上の百萬塔は静謐な古作の中に秘められた「もの言わぬ古雅の美」と如来像を共鳴させています。

主飾りの趣意、そして道具立の吟味の深さ、本展の盆栽美・水石美への求道の深さを痛感させられた一席です。

 
【400年の古刹で来月盆栽水石の至高の展覧】

臨済禅 大徳寺内にある 塔頭 芳春院は、戦国大名 前田利家の妻"おまつ"が建立した四百年の古刹です。

「日本の盆栽水石文化の正統を学び伝える」数寄者の集い「玄虹会」の年1回の展覧が行われています。
今年も京都の秋を彩る「日本盆栽大観展」と同じ11月19日から2日間
芳春院全室に"身が引き締まる"程の盆栽水石飾りがされます。 
私共エスキューブ雨竹亭も、初回より勉強を兼ねてお手伝いをしていますが、
盆栽水石の文化が世界規模に広がる中、歴史ある古刹の建築美の中で繰り広げられる"深奥の美"は、
日本が最も捉えるべき文化だと思っています。 

今回は会場の下見とご住職へのご挨拶に伺いましたが、いつ見ても素晴らしく、
禅寺として普段一切の拝観をさせない名刹(大徳寺塔頭の殆どが拝観禁止です)は、
しんと静けさの中にあり、心が洗われるようでした。 

ご住職の希望で"期間中盆栽水石を見たい方のみが良い"との考えで、
招待券持参の方のみが入れます。
ご希望の方は、雨竹亭までお申込み下さい。
券をお送りします。

芳春院で開催された玄虹会展は本堂 書院 茶室 新庫裏書院の全てをお借りして設えられました。


茶室は色鮮やかな山柿の一席。

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時雨の中に散り舞うもみじの葉、葉落ちの柿が一層の風情“もののあわれ”を感じさせています。

席主がこの席に込められた“思い”と出陳に至る出来事もある意味の盆栽水石を通してのエピソードと言えます。

禅林の茶室に柿の盆栽 と言う一歩間違えば園芸的な色気で場面を壊してしまう慎重を要する飾りを
“侘び数奇”の境地へと昇華させたのは、人と人との邂逅でした。

席主は数年前に夫人を亡くされ、一時は落胆の中体調を崩される事もありましたが、
今は友人達と盆栽三昧の日々を過ごされています。

“柿の一席”を考案する中で席主は夫人との最期の旅となった奈良の道すがらで足を留めた盆栽園との出会いを思い出され、園主に連絡しました。

「斑鳩調布園」は昔都下から奈良へ移った店で主人塚本氏は実物花物の名手と謳われた方です。

席主が当時訪れた時は自作の柿が数百点あったのですが、
“柿はまだありますか”との問いに“身体を患って殆ど処分してしまい、
一本だけあるけどそんな立派なものではないよ”の答え。
席主は夫人の思い出、預かった茶席、まるで何かに惹かれるように奈良へ赴きました。


免許を持たない席主はこれを列車の旅で持ち帰り、熟考の末出入り方の盆栽園と今回の展示に合わせる絶妙の管理をされました。

鉢も和鉢に入っていたものを備前の名人藤原啓の緋襷の名器に移し、「侘び」のみになりがちな柿の飾りを「綺麗寂び」へと誘われました。


散りもみじの掛物にも玄虹会が大切にする“朋友の信”が隠されています。
この掛物ともう一つの写真にある五葉松とくず屋石の床飾りの席に掛けられた遠州流の掛物は実は其々逆の持主のものです。

日頃より親交の深い両者は互いに今回の席の創案を談ずる中で“掛物を取り替えてみよう”となりました。

創出された柿の一席は芳春院ご住職をして「迷雲亭が明るくなりました」と賞賛を頂く“柿の茶席飾り”の記録に遺すものとなったのです。


もう一つの出来事が展覧中にありました。
半身が不自由な柿の作出者である塚本氏が夫人を伴って芳春院まで訪れた事です。

“儂の作った柿が本当にそんな立派なお寺の茶席に飾られているのか”
と席主の案内状にも半信半疑でいらしたのです。

大病をされ、生涯をかけた盆栽業も樹の為に縮小せざるを得なかった氏は
自身の育てた樹が至高の展覧の中で衆目の的となる姿を感慨深くご覧になられました。

人と人、刻と縁が現出したような「心に沁みる」一席でした。



そしてこの席の朋友が描いた深遠な飾りをご紹介します。


五摂家筆頭の近衛家はこの芳春院の檀家で、展覧に使わして頂いた大書院は
後に内閣総理大臣まで務められた近衛文麿が京都帝国大学に通う間、
居所として使用した近衛家寄進の建物です。

この書院の一室に飾られた本席はまさに日本美の窮める「幽玄なる韻」を響かせるものとなりました。


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静かに屹立する五葉松の木立、翠と言うよりは寂味の効いた飴色と讃えたい五葉松本来の“冬枯れ”の色彩です。

寒風に晒されながらも凛と立つその姿は宛ら老僧の観すら伺えます。

現代的な大鍔の鉢合わせは目を引くもので、この樹を範として多くの類似作品が世に登場した祖と言えるものです。
旧蔵者は斯界を代表される故高木礼二翁、花博の記念切手になった事でも知られる樹です。

一枚板の広い脇床に設えられたくず屋石は巨人岩﨑大蔵翁の遺品。


両大家が遺された名品をひとつの席に調和させながら韻を醸し出させるのは、
熟練の数奇者である席主ならではの力量と言えます。

江戸期茶道遠州流中興の祖である小堀宗中の和歌

「雲晴れてのちも時雨る柴の戸や山風はらう松の下露」

霜月の山時雨が過ぎたのに庭の戸にまだ時雨が降ると思ったら松の枝からの露のようだ。


新古今集の情景は時代を代えても日本の自然観を歌いあげています。

寒々とする中に立ちつくす古松、書中に歌われた景色を扶ける草庵、まさに樹石書が三位一体を成して
「侘び心」を見事に現出した一席です。




 
大書院のもうひとつの“ハレ”の床飾りをご紹介します。


古来よりの定法の則った「書院造り」の間は、盆栽飾りに老練な愛好家でも意外に難攻とするものです。

格調が高く、主飾り脇飾りの取合せが難しく、玄虹会でもこの席での盆栽飾りは初の試みとなりました。


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主木は現代盆栽界に於いて国際的にも松柏の筆頭である五葉松を凌駕する人気を博す真柏。

造形美が目立つ真柏盆栽の台頭の中でこれ程の古雅なる気韻を見せる“本物の真柏美”を具現する作品は
近年は見る機会も無く、訪れた著名盆栽家達も樹のみで唯々唸るのみでした。

併せて真柏での掛物合わせは甚だ難しく、今回席主が取り合わせた書「如雲」はまさに真柏での床飾りの手本と言えるものでした。


その姿人界には無く、神仙住む天上界の観有りの真柏はこの天龍寺管長 峨山師が遺された
“雲の如く”によって心象の世界観が完成しました。

脇床には神馬(しんめ)と古色見事な古谷石、大臣(おおおみ)たる摂家近衛家の間ならではの
“ハレ”の取合せ、「波濤」の銘を持つ古石が「高天ヶ原・渡海・天孫・神」とこの席と室が持つ気高さを調和させています。

盆栽水石の飾りはともすれば景色の調和が重視されますが、
“日輪に富士・松に鶴」などに代表されるハレの飾り“は、
ある意味侘び寂びの世界より更に深い気韻が潜んでいるといえます。



例えれば、利休の“黒”つまり、無に近い境地と、秀吉の黄金の茶室にある
“窮めたる侘びが黄金の中に感得できる心の有りよう”に近いものです。


この書院造りの一席は、王道の盆栽飾りを再考する機会を投げかけてくれました。

 


 

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