雨竹 盆栽 水石 便り

盆栽歴42年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”

タグ:森山義彦


【海を渡った"命達"と向き合う刻】

私とスタッフの白石君、そして木村正彦先生の愛弟子 森山義彦君、
北京・南京 などの日本から多くの名盆栽を求められた愛好家の方々の所へ、樹の手入れ管理指導で訪れました。

ひとつひとつ、日本の盆栽界が刻と労苦を惜しまず作出した樹々。
遠く離れたこの地でも元気に格調高く生きて欲しいと願いを込めながら鋏を入れました。
手入れに対する諸々技術を地元の若い管理者に少しでも伝えたい、
いつかはこの国の人達だけで守って欲しい、
自分がここで出来る事はどこまでなんだろう?と、
この盆栽達が生まれた「山青く水清き国」日本を離れて生きる彼等と共に過ごす僅かな時間の中で想いました。
"もっともっとお互いの国のプロアマが、交流を深めないといけない、
特にプロは 売り渡す事で仕事が終わるのではなく、始まるんだと心に刻んで欲しい"
そんな事を胸の中に感じながら鋏を進めました。


【九州島原地方に眠り続けた"未完の大樹"大施術!】

先月、九州島原地方、松原の"植木の隠れ里"から、未公開大型黒松を羽生に運びました!
オーバーサイズの樹を何とかシンボル的なものへと、
改作施術の名手二人を招聘して、未来の大樹への第一歩に挑戦しました!

抜群の荒皮性の幹、立て返しの無い幹筋、改作可能な枝付き、
初めて行った島原で出会ったこの樹は、高さ2,5m!!
樹間の切り返しと枝角度の修正が大切なポイントです。
寺川穂積氏・森山義彦氏、二人とも私の仕事をいつもサポートしてくれる仲間たちです。

寺川氏は八雲蔓青園出身、単身オランダへ渡り苦労の末、数百人の顧客を現地で掴みながらも、
日本国籍の子供達のために"日本人のアイデンティティーを失って欲しく無い"と言う思いで帰国しました。
以来10年、その改作技術は私の目で見ると、国内三指に位置する作家だと確信しています。
特に"曲げるのは無理だろう"と思われる太さの幹や枝を技術の粋を駆使して変貌させる"職人技"は天才的です。
森山君は私の娘と同い年ですが、名匠木村正彦先生のもとで6年の修行を終えて、
間も無くこの羽生雨竹亭から10分の所に盆栽園を開園します。
真摯な手入への姿勢は、誰もが見習うほどの真面目さです。
いずれは日本有数の盆栽作家になるでしょう。

"曲がらずの枝"にきつくラヒィアを巻き、中に芯銅線を抱かせ、鉄棒をテコに一気に思う角度へ導く。
頭部の処理が見えた所でこの樹の将来はまとまりました!

圧倒的な中国勢の購買によって、国風賞クラスの名木が海を渡る時代、
本来日本盆栽界ではその価値を見出さなかったものが、評価される・・
このサイズの樹が両国の要望を叶えてくれると思っています。
ここから2~3年で枝葉の繁茂によって、大型荒皮性黒松の大樹が生まれます。
味わいある座敷飾りの文人盆栽・国風展向きの名木など、
時代に伝承したい樹々を残しながら、正業と友好に努める・・エスキューブは毎日が"挑戦"の日々です。


【木村正彦先生のお弟子さん達とのひととき】

盆栽の中国輸送の準備で、江蘇省常州市の王永康氏の大庭園に訪れました。

雨竹亭とは家族のような間柄でスタッフ達も仲良くさせて頂いています。
先日 江蘇省の式典出席の為、協会福田理事長と共に木村正彦先生もここへ訪れた時、
先生の一門で間もなく羽生隣の加須市で盆栽園を開園される森山義彦さんも同行されました。
その時「もう一度手入れに来よう」とみんなで決めていたので、今回の訪問となりました。
数千点の数え切れない盆栽達、少しでも日本から盆栽を運んでいる私達が、
この国へ来た日本の樹達が少しでもよくなる為に、お互いの技術を高めようと考えた旅です。
年が明ければ58歳となる私から見れば、同行した3人は前途洋々の若者達。
この記憶がこれからの盆栽人生に役立てばと願っています。



【その樹の個性を大切にした手入れで、飾れる作品作りを!】

ようやく針金掛けが出来る季節が近づきました。
名木や古木の改作手入れは心躍りますが、
日頃"手間仕事"的に扱う樹も、「君はどんな顔をしてるの?」
とちゃんと見つめて捉えて作業をしてあげれば、結構"いい顔"になるものです。
飾れる楽しい盆栽を送り出すのも、私達の大切な役目だと思います。
今回はスタッフに加えて、名匠木村正彦先生の所で6年の修行を終えて間もなく、
私共羽生のすぐ隣町に盆栽園を開園予定の森山義彦くんにも作品作りを協力してもらいました。
若き作家たちが、一心不乱に手入れに打ち込む姿はとても心地よいものです!

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