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盆栽歴44年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”

タグ:五葉松


【1億円の盆栽「天帝の松」を中心に構成デザインスタート!】

来年開催の"盆栽のオリンピック"「第8回世界盆栽大会」における
埼玉アリーナ「日本の盆栽水石至宝展」はおそらく近年における最高レベルの盆栽水石展となります!
この展覧会で"特別ブース"が4席用意され、一席21,5m×5mと言う、巨大展示ブースとなります。
名木での展示で、15~20点は飾れるスペースです。
4席の内2席は日本水石協会、京都国際文化振興財団、
つまり水石の大ブース(これも水石協会の役員の皆さんと設計・展示構成をしなければなりません!)と
(財)高木盆栽美術館を継承された田中慶治先生の大コレクションという、公的なものとなります。
残り2席が日本を代表する愛好家として実行委員会の指名で決定しました。
そのおひとりが福島県の舩山秋英先生です。
「森前君にすべて任せる」の一言。
私が生きている間には次の日本開催は無いと予想できる今回、
"訪れる世界の方々にメイドインジャパンの盆栽をどの様にご披露しよう?"
とここから思案の知恵熱の毎日が始まります。
舩山先生の出品予定の1部をご覧下さい。
また、この進行具合はお届けしたいと思います。


【高砂庵 岩崎大蔵先生遺愛の松  本堂に展示!】

大徳寺芳春院は戦国大名前田利家の妻「おまつの方」が400年前に建立した名刹。
今回の玄虹会では、ここに高砂庵 岩崎大蔵先生遺愛の五葉松が出陳されました。

堂々たる威容を誇るこの樹は岩崎先生が所蔵数百の四国五葉松の中でも特に愛されていたものです。
現在は日本アルプスの麓、水清き安曇野の里で玄虹会会員 等々力義明先生が大切に愛蔵されています。
本堂西の間に朋友達の水石・盆栽を前室にして襖奥に設えられました。
樹齢250年、圧巻の太幹、ごまかしのない幹芸と葉性など、
まさに質実剛健な禅寺に鎮座する戦国大名の生き様の化身のようです。

座敷飾りというと、洒落た空間有美な盆栽に掛軸・添景を連想されるでしょうが、
盆栽1点を卓の吟味、そして飾られる「場の空気」を読みとってただひとつに集約して飾ることも、
"ここに始まりここに至る"究極とも言えます。
席主は前述の風情ある季節飾りにおいては甲信越を代表される名手です。
今夏、僅かに体調を崩されようやく本復となる間際での出陳熟考、
同朋の方々に大徳寺まで本人が行けずとも"我が身の替わり"にこの大樹を準備されました。
迫力ある大型名木を出陳する意気込みを「私は元気だから」と友人達への心のメッセージにされたのでしょう。
展覧会などで授賞を競う楽しみ他に、この様な"友へ伝える心"によって飾られる座敷飾りも
日本の盆栽愛好家の素晴らしい一面ではないでしょうか。

 
【自然が創った造形「君はどうしてそんな姿でも生き続けるのか」 】


最近プロのオークションで手に入れた樹です。
この鉢古さから見て愛好家の庭に永くあったものでしょう。
幹は半分サバ(舎利)状になり、どの様にしたらこんなに捻転した姿になるものか? 
盆栽作家という言葉が巷に跋扈する現代ですが、結局は人のなせる業など
自然界から見れば取るに足らないものだと思い知らされます。 
半懸崖の樹相は、その流れの先にある"見えない空間"をとても感じさせてくれます。 

眼下に岩窟のような石をおけば、仰ぎ見る天界への絶壁に生きる姿、
砂苔に社塔をあしらった草物に変えれば、どこか厳しさが和らいで"松の美しさ"に目が動く・・・
飾り方ひとつで盆栽は色々な表情を見せてくれます。
この「主」と「従」の組合せこそが、盆栽趣味を幅広く奥深くします。
皆さんもお手持ちの盆栽で挑戦してみて下さい。 
分からないことや、行き詰まってお悩みの時は、いつでも"雨竹亭"に連絡して下さい。 


最近は秋の彼岸まで続く残暑。
それでも暦も朝夕の空気も何処と無く秋の気配。 
盆栽飾りも"ひと足早い季節の姿"が嬉しいものです。 

相生の幹立ちが風になびくように流れを見せる五葉松、
見上げる空には「中秋の名月」、
対岸の深山は名残の滝音を残す渓谷の美。 
まだまだ水遣りに余念の無い中、どことなく"もう秋だなあ"と捉える心を大切にしたいものです。
9月15日が中秋の名月ですが、実際には17~18日が一番満月に近いみたいです。 

私も含めて多くの盆栽愛好家が訪れて下さるプロの盆栽園は、
せめて一席でもこんな季節を切り取った席飾りを毎日しないといけないですね。 


【神域に飾られた名樹の数々・500年の真柏・加藤三郎翁 遺愛の五葉松など】

日本水石協会による明治神宮の「奉納盆栽展」
菖蒲園で賑わう神宮の初夏の恒例行事。

今年も全国から選抜された名木達が、参拝の方々をはじめ、
圧倒的な海外よりの観光者の目を釘づけにしていました。

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