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盆栽歴42年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”

カテゴリ: 中国


【漢"おとこ"達が 夢見た 緑豊かな開発】

エスキューブ中国盆栽輸送の最大協力者、王 永康 先生からの"貴州へ飛んでほしい"の言葉で、
私と白石・伊吹の3人は、中国南西部遥か遠くの貴州省 銅仁市へ初めて辿り着きました。

訪れてまず驚いたのは、空気が美味しく、山蒼く、水清く、
まるで "ここは日本の何処か?"と思う程の風光明媚な地。
王さんの友人であり、現地の"聖地"梵淨山へ続く山村を、僅か3年で中国を代表する一大観光地に変貌させている 楊 栄寧 さん。

同地の市街に生まれ、徒手空拳の身から 貴重な自然地域の保護と近隣の観光開発をする名手は、
5年前、他の仕事をすべて投げ捨て、故郷 銅仁・江口地区 を "仏の山"梵淨山へ続く入り口として
この地の「自然融合型」の開発に着手された。
王さんは、盆栽家として中国の"NHK"つまりCCTVにもドキュメンタリー番組が放送された著名人だが、
作庭設計の分野においても力量の高さが評価されていて、楊さんの依頼で2年前からこの開発に協力されている。
「森前さん、この140mの観光玄関口に"日本"ならではの庭園を設計してほしい」
江戸初期からの家脈の歴史を持ちながら、盆栽家の道を選んだ私は
"18代目 植七 当主"と言う、名目だけと思っていた己の血が、日本から遠くのこの地で 試されるとは思ってもいませんでした。

夕食が済んで夜10時、昼間見たあのがれ地の様な場所の記憶から構想を練り、
紙の上に構想略図を書き始めて、何とか想いを纏められたのが、朝食前の朝8時。
楊さんに図面を見せて私の考え"東国の夢・仏と悟りの旅"の意味を伝えると、
手を握り「早速着手します。森前さんの図面通りに必ず造ります!」と私の拙い一夜の拙案を即決された。

"ああ、この人は仕事と言う自分の夢と戦っているんだな"と自分に重ねて生き方を感じました。
ここ銅仁市へ来る道中には、昨年 福山雅治さんが旅して話題を集めた
中国「苗族・ミャオ族」の村落がありました。楊さんの一族も元はミャオ族出身だそうです。
盆栽を通じて信頼を深めた中国、世界大会にも王さんと来日される楊さんは
「この地に盆栽のテーマ庭園も造りたい・約2万坪」とも仰っています。
15才で盆栽の道に入った愚凡な私が、こうして海の彼方で心を同じくする"熱き男達"と出会う。
この仕事をして良かった・有難い と本当に思います。
それにしても"仏の山・梵淨山"は凄いです!
頂上のお堂で願いを祈ると叶うと言う伝説は、中国の国家主席・周 近平 氏が 就任前に参詣祈願 したことで、有名になったそうです。
今度訪れた時は、私も盆栽家としての夢を祈願しに 天空の堂宇へ登ろうと思います。


【盆栽文化の発展交流と海外流出の葛藤】

第4次エスキューブ中国盆栽輸送が進行しています。

陝西省西安地区の農業特区「楊凌」に中国政府の農業発展パビリオンに
「日本盆栽展示館」を解説して5年の月日が経ちました。
検疫・水質・陸送等々、胃が痛くなる様な出来事を繰り返し、今は中国盆栽界も私共のパビリオンをご存知です。

一定の検疫、展示・学術的的研究の期間を経て、外へ出せますが、
近年の日本国内盆栽界の中国偏向は、それに関わるエスキューブ自体も歯痒さを解決出来ずにいます。
国風賞クラスの名樹を希望する中国、残念ながら現在の国内盆栽界の市場では、
所蔵各園が求める代価に応えられる顧客は1:5位の割合で圧倒的に海外勢の吸引力に押されています。
対中国盆栽事業に一歩先じている私共は、せめて海を渡る"彼達"が、
健やかな環境と一過性の購買者ではなく、本当に盆栽を愛する人達に育てられることを祈るばかりです。
ひとつだけ、日本盆栽業界にお願いするのは、
中国愛好家へ高額名品を販売されるプロは、出来ればその樹がどんな所で管理されるのか、
手入や基本的な技術者がいるのか、気にとめてほしいものです。
"売れればいい"と言う思いは、盆栽家として一考して欲しいです。
今年も樹々の安全を祈る日々がまだ続きます。



【木村正彦先生のお弟子さん達とのひととき】

盆栽の中国輸送の準備で、江蘇省常州市の王永康氏の大庭園に訪れました。

雨竹亭とは家族のような間柄でスタッフ達も仲良くさせて頂いています。
先日 江蘇省の式典出席の為、協会福田理事長と共に木村正彦先生もここへ訪れた時、
先生の一門で間もなく羽生隣の加須市で盆栽園を開園される森山義彦さんも同行されました。
その時「もう一度手入れに来よう」とみんなで決めていたので、今回の訪問となりました。
数千点の数え切れない盆栽達、少しでも日本から盆栽を運んでいる私達が、
この国へ来た日本の樹達が少しでもよくなる為に、お互いの技術を高めようと考えた旅です。
年が明ければ58歳となる私から見れば、同行した3人は前途洋々の若者達。
この記憶がこれからの盆栽人生に役立てばと願っています。


【木村正彦先生指導のもと、蔓青園・森前・椎野宝樹園 実演!】

日本盆栽協会 福田理事長・木村正彦先生 を筆頭に、
中国江蘇省で開催された「日中盆栽家文化交流会」に招待され、式典と実技講演をしました。
石付真柏の制作でしたが、
何とか木村先生に合格点を頂く出来映えとなってホッとしました。
蔓青園加藤さん・宝樹園椎野さん・アシスタントとして木村先生の修行を終えて間もなく
羽生の隣の加須市にアトリエを構える九州出身の森山君を加えた"連合チームジャパン"で挑みました!

郵送で先着させておいた揖斐川石が割れてしまっていたので、
現地協会の張主席の石を使わせて頂きました。
材料の真柏は昨年私共の西安楊凌に運んでおいたものを1200キロかけて現地に運んだものですが、
石をお借りした関係で西安に持ち帰るわけもいかず、総勢9名が宿泊・食事・送迎の接待を頂いたので、
結局贈呈することになってしまいました。
文化の友好は出費がかさむものですね~(泣笑)


【古希を過ぎても衰えぬ"作り手としての情熱と感性"を尊敬!】

日本を代表する盆栽作家 木村正彦先生との長年の夢だった中国盆栽旅行に出かけました。

今もお忙しく活動される先生の僅かな刻を頂いて、
私がこの6~7年の間に見た"今の中国盆栽界"のほんの一部だけでもお見せしたいと半年前からお願いした旅を叶いました。
十代で小僧に入った頃からお付き合いを頂いた木村先生ですが、
こうして日本の現場を離れてのご一緒する機会は初めてでした。
旅の合間に先生が見せた"盆栽作家の真の心"は私に多くのことを再認識させてくれました。
特に上海から西に1200キロ以上内陸に位置する陝西省西安に広がる「西安唐苑」が現在所蔵し、
未来の大型真柏名樹への作出を手掛けている一群は、木村正彦先生をしてもその圧倒的な存在感に驚嘆されていました。

「来て良かったよ」この言葉を頂いた時は、長旅の中でも私に気遣いさせまいと気丈に振舞われる先生が、
今でも創作の意欲と飽くなき探究心に溢れていることを教えて頂きました。
「日本の若いプロの人達も"まだ見ぬ見知らぬ世界"を肌で感じる為に、みんなで見に来られるといいね」
と世界の盆栽界の真の胎動を体現されていました。

始皇帝墓に近い秘匿の山々に1000年の時を超えて眠り続けた"神宿る"程の古樹達。
山から降ろされて5年、ここから更に3~5年の後には真柏と言う盆栽樹種の概念すら変えてしまう程の存在。
日本の盆栽界が今後どの方向へ向かえば良いのかを教えてくれている様な気がしました。

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