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盆栽歴44年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”

カテゴリ: 盆栽

【神域に名木集合!】

日本水石協会主催の『奉納盆栽展』が例年通り開催されました。
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理事長である春花園 小林國雄師・蔓青園・そして私の雨竹亭、
三者が協会責任担当として、選出した名樹17点・そこに神宮の盆栽・神域に最奥部『本殿廻廊』を使用しての展覧は、
毎年観ていても、他に比較できるものが無い程の“荘厳”な空気を漂わせてくれます。
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連日12000~15000人の参拝者が訪れる明治神宮。
その7~8割が海外からの観光客。
参拝の後は、多くの方々が 初めて観るホンモノの「日本の盆栽」に感嘆の声をあげ、写真撮影に夢中になっています。
100年の時をかけて、日本人の「真心」が創り上げた『明治の杜』に囲まれた雰囲気は、
私たちも含めて、訪れる全ての人達に、特別な気韻を感じさせてくれます。
来年の同じ頃、ここで神宮100年祭を記念して、参道の杜に初めて100mを超える展示場を仮設し、
前代未聞の盆栽展覧・昭和の名建築『参集殿』すべてを使った100席余りの 水石展覧を挙行します。
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実行委員会の責任者として 今から身の締まる想いです。
やっぱり 明治神宮はいいですね!

【名匠木村正彦先生 改作スタート!】

東北三陸地方から戦前山採りされた 東北真柏の巨木は、抜きん出た3点が平成の時代まで大切に受け継がれました。
その内 残念ながら2点は3.11の大津波などで今はありません。
この樹は、四半世紀以上前に 日本に残された巨木真柏の王である事を聞きつけた、
都内の著名盆栽家の切望によって、長く秘蔵されていました。
蔵者が天寿を全うして、夫人の手でしばらく守られましたが、
8年程前に高齢を理由に放出が決まり、樹の存在を知る僅かなプロ作家達の情報で私の知るところとなり、
お世話になっている現在の福島県の愛好家・舩山先生の下に移されました。
当初より“こんなに大きな樹をどうするんだ?”と、尋ねられましたが、
私は “この樹はいずれ大型盆栽としての大変貌を遂げる”という確信がありました。
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福島の吾妻山の吹き降ろす風を受けて、真柏は健常な生育をみせて、堂々とした樹相を示すに至りました。
“そろそろだ”と思い、舩山先生に「木村先生にお願いしてこの樹を世に問うものにしましょう」
こうお話したのが、4月の毎年の植替え出仕事の折です。
昨年、大徳寺芳春院ご住職・木村先生・舩山先生・を中心にお世話になっているお客様方と中国蘇州の旅をした折、
おふたりは同じ「叙勲者」として意気投合なさっていました。
木村先生も特殊な改作に対して、出仕事で他者の盆栽を出かける事は殆どありません。
事前にお見せした真柏の写真、
「舩山会長のお仕事ならば、お手伝いしますよ!」と快諾頂いた事で、この樹の将来は大きく変わる事になりました!
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木村一門の名手・栃木 藤川氏・太宰府から埼玉に本拠地を移しての森山氏。
この2人を伴っての 作業となりました!
今回は 樹筋を確認して 水吸いに枝を特殊な行程で打ち込む仕事。
まもなく80歳を迎えるとは思えない集中力で、6時間の第1次の改作作業を終えました。
「森前さん、この部分の枝打ち込みでいいかな?」あくまでも依頼した私の頭の中の構想を尊重して下さる姿勢にも頭が下がります。
日差しの為に余分な枝を捌き、鉢植えの枝を保水・固定・をして、「これで1~2年の後には、元枝を全部取り除けます」との先生の弁。
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これだけの大樹・これだけの大物が、僅か3~4年後には、別の樹に姿を変える・・・。
『木村マジック』と世界のプロが感嘆の声を挙げる意味がわかります。
今回を含めて この真柏は、完成までの道程を、月間『近代盆栽』が追跡取材して、世界に発信することになります。
1000年の命を 新たな姿へと発想した私の考えが、盆栽界にとっても、この樹にとっても、正しい選択だった事を心から祈るばかりです。
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補助手伝いとして同行した、私の所の中国研修者・郝君・趙君・にも、
二度と体験できない巨匠の技を目の前で体験する機会なった事も、嬉しいものです。
二人は この秋から、私と木村先生との友情で、1年半という短期ではありますが、
木村先生の所で、その秘技と人間修養の時を得る事になっています。
遠く故郷を離れて、慣れない日本で、朝7時から夜遅くまで、中国盆栽界に技と管理技術のすべてを習得して帰る事に、
自身のすべてをかけている若者に私の出来る事を何でもしてあげたいと思っています。
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【小学生への盆栽講演】
羽生に根をおろして13年、銀座の店を 落第点の私が開いて20年。
“子供達に盆栽を通して多くの事を伝えてほしい”と頼まれて、市内の小学校ふたつで盆栽教室と講演会を始めて長く経ちました。
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今回は体育館での6年生への盆栽講演。
思春期の中の子供達に伝える難しさをいつも感じながら、
言葉ひとつひとつに想いを込めて自分が歩いてきた45年の盆栽人生を振り返りながら 語りかけるようにしています。
盆栽は 自然のものでありながら、鉢に入って人と生きる時から、人に命を託して生きるもの。
人の愛情が薄れた時、何も言わずにそっと100年の命を閉じるもの・・。
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ひとりっ子が多くなる社会で、盆栽を通してひとつでも大切な“何か”を伝えられないものか?
いつも子供達の純真な姿と対する時、“この子達に嘘は語れない”と思います。
形や作り方なんて どうでもいい、「命を守る」たったそれだけで、
そしてそれ以上に大切なものはないんだという事を伝えたい。
その盆栽と同じに人もひとりではけして生きてはゆけない、いつも何処かで誰かに助けられている・・
その中で生きている自分、美しいこの国に生まれた事を感謝してほしい、
“美しい日本の宝物”である子供達を前にすると、伝えたいことが溢れてきます。
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未熟で半端な私がたったひとつできる「盆栽」。
その力をかりてこんな活動が続けられたら、私の生き方も 少しは役に立つのかなと思います。
でも、もしかすると、私がこのキラキラ光るこの子達に大切なものを忘れないように教えられているのかも知れません。

【盆栽文化の価値】

銀座名店会が組織する「銀座フォーラム」からの依頼で、
“百年後の銀座・百年後の日本”というタイトルの講演を依頼されて、銀座名店のオーナー方々との講演に出向きました。
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400年続く和菓子「萬年堂」・ポーラ化粧品を母体とする文化財団、
150年の「松崎煎煎餅」・和装200年の「伊勢由」日本芸能の最古の歴史を持つ「能・観世流」。
錚々たる銀座というよりも日本を代表する皆さんと共に登壇する事は、分不相応と思いましたが、
銀座店20周年を迎えた令和元年、少しでも盆栽文化に対しての理解を広められるならと、恥を忍んでお手伝いしました。
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アメリカ建国240年記念の一昨年のワシントンでの式典招聘以来の“正装”、
我ながら、おなかが出て、相変わらず長くならない脚、意外に袴履きの和装が自分に一番ぴったりするもんです!
ご一緒した老舗のご主人達の「守り続ける伝統」と、銀座という特別な地にかける想いを教えて頂く刻にもなりました。
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こちらは海あり山あり大波あり!の21年目、「盆栽はお好きですか?ご存知ですか?」と、
これからも銀座の小さな扉を毎日開けてゆきたいと願っています。

【中国西安地区「楊凌」我が中国第一歩の地!】

日本盆栽の中国初の展示施設として8年前に 奇跡の輸送の末に開館した「日本盆景館」。
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ここ数年は現地スタッフに管理を任せての運営ですが、久しぶりに訪れれば、
ここへ基地を作るまでに起きた数々の苦労、そして今の私の対中国での活動を走馬灯の様に思い出します。
ここ「楊凌現代農業示范園区創新園景区」は、農業特区。
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その幾つかのパビリオンのひとつがこの日本盆景館。
水質に苦労し、遮光に悩み、2500平米の巨大な室内展示設備。
今は私が日本から運んだ盆栽達が、只々健康にこの地で生きて行くことを願うだけです。

この楊凌の地から日本に来て盆栽を学ぶハオ君とツァオ君、
そしてここで盆栽を守りながら、いつかは2人の後を追いかけて日本で盆栽技術を学ぶ夢を持つジャン君。
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彼らに少しでも技と「記憶」を残してあげたくて、以前よりこの楊凌に置いてある大型真柏の枝接ぎをみんなでしました。
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私の時代には世に出なくても、この子達が成長した時、「あの時・先生と作った樹だ」という記憶が残ってくれれば、私の盆栽人生の旅に花が咲きます!
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