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盆栽歴42年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”

カテゴリ: 盆栽


【『1億円の松・天帝の松』と 未公開大樹!旦那さんと歩んだ10年の結晶・感無量!】

半年以上前、世界盆栽大会の実行委員会で「舩山さんを大会の特別ブースに推薦したい」との内示を頂き、
ご本人と相談を重ねて 今回の「舩山コレクション」の展示内容・設営デザインを仕上げました。
舩山会長と私の予想をはるかに超える方々に2人で歩んで来た10年の作出を見て頂くこととなり、
先日無事に福島の邸宅にすべての作品を戻した今 "やって良かった!"の気持ちでいっぱいです。
普段から私が描く物事に"あんたがやりたいならやればいい"と
すべてを任せて下さる会長のお気持ちに答えられればと、非力浅学の中、
"どのように仕様を作り、どの様に見せたらよいだろうか?"と思い悩む日々もありました。

前庭の代わりに枯山水風のモニュメントを手前に、大樹の飾りは壁面風の並びの中央に破風屋根の床造り。
敢えて数百点に及ぶ古渡を中心とする名鉢群は出陳せず、唯一鍋島侯爵家旧蔵の色鍋島の文化財級の大皿2点のみ。
あとは盆栽の持つ存在感でまとめてみました。

展示された樹々たちが見えぬ程の観客、会長はただ微笑むだけで4日間奥様とずっといらしてくれました。
出入方としてこの4日間は、言葉にはならない "ほんの少しの恩返し"をさせて頂いた出来事に思えました。
これからも舩山会長との二人三脚は続きます。"今度はどんなことがあるだろう?"。
盆栽を通して人生の中で得られる"何か"がまた起きることを願って。


【鈴木伸二氏と描いた"夢の実現" 京都盆栽美術館!】

世界盆栽大会の「日本の盆栽水石至宝展」で、メインの飾りを受け持った
「京都国際文化振興財団」『慶雲庵』の特別展示。
 
漆黒の舞台に陳列された日本の名樹達と盆器群・そして日本盆栽界の宝と謳われた小川悠山『平和卓』。
圧倒的な展示群は訪れる多くの方々に溜息の出る刻となりましたが、
この財団がここから古都京都に繰り広げる美術館への世界は、
日本盆栽界の未来を大きく変えてゆくものになると確信しています。
オーナーであり、財団の理事長でもある田中慶治氏は、創業100年を超える京都老舗の3代目。
社業に邁進され、今春ご子息に代を譲られご自身は会長職となられました。
"風前の灯火"であった(財)高木盆栽美術館を内閣府の承認をとって名称変更・所在地変更をしたのが昨春。
世界の人々に『慶雲庵』コレクションを今回披露することになったのです。
私と30年以上の親交を重ねる盆栽作家 鈴木伸二氏 と"未来に繋ぐ本当の盆栽美術館"を創りたいと言う夢が、
田中オーナーと共鳴し、実現に向けての一歩が始まりました。

ある意味で私の責任も重いものがあります。
" 田中さんからの信頼・伸二氏の夢・私の能力の集大成・・様々な思いをこの企画に込めて 
今回のブース設計の基本構想・展示内容の精査・パンフレット作成など、昼夜を問わずの時間を過ごしました。

3日間の押し寄せる人波!
秋篠宮様ご夫妻のご高覧 "やって良かった"安堵感と充実感はひとしおでした。
ここから伸二氏と地元である近代盆栽の徳尾会長・社長の連合艦隊で、頑張ります!


【76才にして"前を向いて創作する"情熱!】

日常より(毎月2~3回)おつき合いの深い 名人木村正彦先生、
世界大会ではメインのデモンストレーション(盆栽改作創作実演)を8名の作家に先立って開会式に秋篠宮様ご夫妻の前で実演されました。
この後も各実演者への責任担当として誠心誠意各国の来訪者の為に務められました。
今回の実演でも得意とする石付き盆栽を創作されましたが、
若き頃、故岩崎大藏先生に連れられて訪れた中国「武陵源」で見た
"屹立する天界の風景"を心の記憶として、石中に表現されたそうです。
先生のアシスタントとして実演創作に携わった森山義彦氏は、九州太宰府出身、木村門下の超エリート!
今年 羽生から10~15分の隣町に開園する若き盆栽作家です。
エスキューブも、私と木村先生のお付き合いで"正統の職人になれるように"
と言う木村先生の依頼を受けて、森山氏には、日常的に手入れ依頼をしています。

老練の立場でありながら、今も新たな視点で盆栽に取り組む木村正彦先生・海外への実技講演も含めて、
無我夢中で日々を過ごすその弟子。
いつもそばでお付き合いをする私にとっても"私も私なりに頑張ろう!"と心に思う二人です。


45,000人!の記録的な展覧!

4月27日~30日に開催された「第8回世界盆栽大会」は
予想をはるかに上回る45,000人の入場者数を記録して無事に終わりました。
私は「京都国際文化振興財団・慶雲庵」「舩山コレクション」「日本の水石100選展」の特別ブース三か所の設計デザイン、
展示構成など、半年間に及ぶ準備の末の "能力限界"の仕事に取り組みました。
43年の盆栽水石に関わる刻の中で、これ程の人と規模のイベントに参加出来たことに、感慨深いものを覚えました。
開場前は1~2時間待ちの方もいらしたとか、ありがたいことです。
とにかく人人人!
人の波の中での展覧、盆栽や水石達も驚いたことでしょう。
数回に分けてこの展覧のご報告をさせて頂きます。


【漢"おとこ"達が 夢見た 緑豊かな開発】

エスキューブ中国盆栽輸送の最大協力者、王 永康 先生からの"貴州へ飛んでほしい"の言葉で、
私と白石・伊吹の3人は、中国南西部遥か遠くの貴州省 銅仁市へ初めて辿り着きました。

訪れてまず驚いたのは、空気が美味しく、山蒼く、水清く、
まるで "ここは日本の何処か?"と思う程の風光明媚な地。
王さんの友人であり、現地の"聖地"梵淨山へ続く山村を、僅か3年で中国を代表する一大観光地に変貌させている 楊 栄寧 さん。

同地の市街に生まれ、徒手空拳の身から 貴重な自然地域の保護と近隣の観光開発をする名手は、
5年前、他の仕事をすべて投げ捨て、故郷 銅仁・江口地区 を "仏の山"梵淨山へ続く入り口として
この地の「自然融合型」の開発に着手された。
王さんは、盆栽家として中国の"NHK"つまりCCTVにもドキュメンタリー番組が放送された著名人だが、
作庭設計の分野においても力量の高さが評価されていて、楊さんの依頼で2年前からこの開発に協力されている。
「森前さん、この140mの観光玄関口に"日本"ならではの庭園を設計してほしい」
江戸初期からの家脈の歴史を持ちながら、盆栽家の道を選んだ私は
"18代目 植七 当主"と言う、名目だけと思っていた己の血が、日本から遠くのこの地で 試されるとは思ってもいませんでした。

夕食が済んで夜10時、昼間見たあのがれ地の様な場所の記憶から構想を練り、
紙の上に構想略図を書き始めて、何とか想いを纏められたのが、朝食前の朝8時。
楊さんに図面を見せて私の考え"東国の夢・仏と悟りの旅"の意味を伝えると、
手を握り「早速着手します。森前さんの図面通りに必ず造ります!」と私の拙い一夜の拙案を即決された。

"ああ、この人は仕事と言う自分の夢と戦っているんだな"と自分に重ねて生き方を感じました。
ここ銅仁市へ来る道中には、昨年 福山雅治さんが旅して話題を集めた
中国「苗族・ミャオ族」の村落がありました。楊さんの一族も元はミャオ族出身だそうです。
盆栽を通じて信頼を深めた中国、世界大会にも王さんと来日される楊さんは
「この地に盆栽のテーマ庭園も造りたい・約2万坪」とも仰っています。
15才で盆栽の道に入った愚凡な私が、こうして海の彼方で心を同じくする"熱き男達"と出会う。
この仕事をして良かった・有難い と本当に思います。
それにしても"仏の山・梵淨山"は凄いです!
頂上のお堂で願いを祈ると叶うと言う伝説は、中国の国家主席・周 近平 氏が 就任前に参詣祈願 したことで、有名になったそうです。
今度訪れた時は、私も盆栽家としての夢を祈願しに 天空の堂宇へ登ろうと思います。

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