雨竹 盆栽 水石 便り

盆栽歴42年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”

カテゴリ: 雨竹亭


【盆栽の本道を伝えるお手伝いを】

夏の頃より企画相談を受けていたNHK「美の壺」での盆栽特集が収録の段階に入りました。
私共の雨竹亭庭園での撮影が行われ、久しぶりに観音堂にも盆栽飾りをしました。

応接床の間も日輪の掛物を配した五葉松の設え、
季節を超えた"日本"の象徴として収録してもらいました。

12月2日(金)NHKBSプレミアム で放映予定です。
ぜひ、盆栽を愛好される皆さんもご覧下さい。
(床の間の五葉松は、収録許可を頂いた 京都国際文化振興財団 の所蔵樹です) 

 
【"見えぬ月を席中に描き出す" 】

樹齢100年を超える黒松の老木を手に入れました。 
文人盆栽はその基準が難しく、"細く下枝のないひょろひょろとした木"
が文人樹だと勘違いされる方や、プロですら解釈が出来ずにいる面々もあり、
「究極の盆栽」と評した古人の想いがわかります。 
この樹は、荒ぶれた幹肌、捻る様な立ち上がりの腰部分、
捻転する幹に見える枝が落ちた跡のサバ姿、
そして樹冠と僅かな"落ち枝"で構成された空間ある樹相。
これ以上"引き算"のしようがない身形、まさに文人盆栽の真骨頂だと思います。 
文人盆栽は飄逸とした姿の裏側に、厳しく果てし無く永く生き抜いた足跡が感じられるもので、
決して昨日針金技で創出出来るものではありません。 

今回この樹を使って「掛け軸を使わない席飾り」をしてみました。 

老い立つ如き老松、その樹下に佇み松を仰ぐ古老。
禅の問答や古詩に登場する景趣を樹と木彫のみで表現してみました。 
一枚板の地板に双方を載せて飾ってみましたが、僅かな"間"がきつくダメでした。 

詩情を湛える飾りは数センチの"間"や高さが、
そこにある「心地良い緊張感」的な空間を創り上げます。
「空間有美」とはよく言ったものですね。 


【添景で浮かび出る 常盤柿の盆栽】

両手に乗る常盤柿の盆栽、橙色の実姿はこの季節嬉しいものです。

先日、小品盆栽専門家より可愛らしい小道具を入手したので、この樹と合わせてみました。
二人の子供がハシゴを使って柿の実を取ろうとしています!

盆栽だけで楽しむ観賞、そしてこの様に添景によって情感と景色を広げる方法、
人それぞれの感性が、ひとつの盆栽に様々な世界を作り出せるのも、盆栽趣味の楽しさです。
身近な小物で空想の自然に挑戦してみて下さい!

 
【自然が創った造形「君はどうしてそんな姿でも生き続けるのか」 】


最近プロのオークションで手に入れた樹です。
この鉢古さから見て愛好家の庭に永くあったものでしょう。
幹は半分サバ(舎利)状になり、どの様にしたらこんなに捻転した姿になるものか? 
盆栽作家という言葉が巷に跋扈する現代ですが、結局は人のなせる業など
自然界から見れば取るに足らないものだと思い知らされます。 
半懸崖の樹相は、その流れの先にある"見えない空間"をとても感じさせてくれます。 

眼下に岩窟のような石をおけば、仰ぎ見る天界への絶壁に生きる姿、
砂苔に社塔をあしらった草物に変えれば、どこか厳しさが和らいで"松の美しさ"に目が動く・・・
飾り方ひとつで盆栽は色々な表情を見せてくれます。
この「主」と「従」の組合せこそが、盆栽趣味を幅広く奥深くします。
皆さんもお手持ちの盆栽で挑戦してみて下さい。 
分からないことや、行き詰まってお悩みの時は、いつでも"雨竹亭"に連絡して下さい。 


【"歳月"という古典・"審美"というモダン
三位一体が醸し出す"真の盆栽美"】

樹齢200年を超える生命を宿す真柏の古樹。
立ち上がりから樹冠へ届く天然の舎利芸は、僅かに生きる水吸い部分がまるで
"我が身を捨てて守る"死生観を自然の造形で表現しているようです。

神韻響くほどの老幹大樹が描く"枝配り"は、限りなく無駄を省き
己が生きる術を究極に削り取った末に現出した「スガタ」と言えます。
取り合わせた鉢は中国紫砂盆器の歴史と陶技の「誇りと伝承」を繋ぐために
"神業"を今に伝える老工の渾身の一作「朱泥扇型盆」。
伝承される盆栽と盆器の調和とは一線を画した合致が、
名品同士の邂逅で"新たな美"として絶妙な旋律を奏でています。

掛物は「如雲」。
明治に生きた禅の名僧 峩山 の墨跡。
何物にも捉われない心、まさに"雲の如く"は盆栽人もこの道に親しむ中で一考すべきものです。


脇床に飾られた一石は、観者の捉え方によって達磨・観音・羅漢など、
一塊の石が高雅な姿へと導かれるのも、席全体の"しつらえと空気"ではないでしょうか。

モダンな美すら感得できる真柏、達観した禅僧が遺した一筆の書、
遠き昔山河に横たわる石をその手に取り上げ、石中に"何か"を観た人々。
三者が共に飾られた時、それぞれが共鳴しあい醸し出す気韻と情趣。
この醍醐味こそが、盆栽美の最も深く心に響く世界だと思います。

各作品に込められた"想い"、これが三位一体となって新たな"趣意"を感じる時、
150年を超えて現代に続く
失いたくない盆栽界の「本道」らしきものが何なのかを
「覚悟」出来る思いがします。
何気ない盆栽飾りの一席に
"その奥に潜むもうひとつの世界観"があること、
そしてその扉を開ける楽しみをなさって下さい。

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