雨竹 盆栽 水石 便り

盆栽歴42年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”

カテゴリ: 雨竹亭


【添景で浮かび出る 常盤柿の盆栽】

両手に乗る常盤柿の盆栽、橙色の実姿はこの季節嬉しいものです。

先日、小品盆栽専門家より可愛らしい小道具を入手したので、この樹と合わせてみました。
二人の子供がハシゴを使って柿の実を取ろうとしています!

盆栽だけで楽しむ観賞、そしてこの様に添景によって情感と景色を広げる方法、
人それぞれの感性が、ひとつの盆栽に様々な世界を作り出せるのも、盆栽趣味の楽しさです。
身近な小物で空想の自然に挑戦してみて下さい!

 
【自然が創った造形「君はどうしてそんな姿でも生き続けるのか」 】


最近プロのオークションで手に入れた樹です。
この鉢古さから見て愛好家の庭に永くあったものでしょう。
幹は半分サバ(舎利)状になり、どの様にしたらこんなに捻転した姿になるものか? 
盆栽作家という言葉が巷に跋扈する現代ですが、結局は人のなせる業など
自然界から見れば取るに足らないものだと思い知らされます。 
半懸崖の樹相は、その流れの先にある"見えない空間"をとても感じさせてくれます。 

眼下に岩窟のような石をおけば、仰ぎ見る天界への絶壁に生きる姿、
砂苔に社塔をあしらった草物に変えれば、どこか厳しさが和らいで"松の美しさ"に目が動く・・・
飾り方ひとつで盆栽は色々な表情を見せてくれます。
この「主」と「従」の組合せこそが、盆栽趣味を幅広く奥深くします。
皆さんもお手持ちの盆栽で挑戦してみて下さい。 
分からないことや、行き詰まってお悩みの時は、いつでも"雨竹亭"に連絡して下さい。 


【"歳月"という古典・"審美"というモダン
三位一体が醸し出す"真の盆栽美"】

樹齢200年を超える生命を宿す真柏の古樹。
立ち上がりから樹冠へ届く天然の舎利芸は、僅かに生きる水吸い部分がまるで
"我が身を捨てて守る"死生観を自然の造形で表現しているようです。

神韻響くほどの老幹大樹が描く"枝配り"は、限りなく無駄を省き
己が生きる術を究極に削り取った末に現出した「スガタ」と言えます。
取り合わせた鉢は中国紫砂盆器の歴史と陶技の「誇りと伝承」を繋ぐために
"神業"を今に伝える老工の渾身の一作「朱泥扇型盆」。
伝承される盆栽と盆器の調和とは一線を画した合致が、
名品同士の邂逅で"新たな美"として絶妙な旋律を奏でています。

掛物は「如雲」。
明治に生きた禅の名僧 峩山 の墨跡。
何物にも捉われない心、まさに"雲の如く"は盆栽人もこの道に親しむ中で一考すべきものです。


脇床に飾られた一石は、観者の捉え方によって達磨・観音・羅漢など、
一塊の石が高雅な姿へと導かれるのも、席全体の"しつらえと空気"ではないでしょうか。

モダンな美すら感得できる真柏、達観した禅僧が遺した一筆の書、
遠き昔山河に横たわる石をその手に取り上げ、石中に"何か"を観た人々。
三者が共に飾られた時、それぞれが共鳴しあい醸し出す気韻と情趣。
この醍醐味こそが、盆栽美の最も深く心に響く世界だと思います。

各作品に込められた"想い"、これが三位一体となって新たな"趣意"を感じる時、
150年を超えて現代に続く
失いたくない盆栽界の「本道」らしきものが何なのかを
「覚悟」出来る思いがします。
何気ない盆栽飾りの一席に
"その奥に潜むもうひとつの世界観"があること、
そしてその扉を開ける楽しみをなさって下さい。

【そして 羽生本店の看板「金看板」! 】

秋虫の聲が黄昏時に耳に沁みるこの頃です。
先日15年の培養の末、ようやく仕上げた真柏を応接床の間に飾ってみました。
まだ枝さばきに"若さ"は残りますが、双幹体の樹相は荘厳の中に
「死して次なる命を支える舎利幹、生と死の相生の姿」
を現出する"超越する自然界"を見事に表現してくれました。
市場の流通に追われる日々の中、歳月をかけて仕上げた作品への感慨はひとしおです。

合わせて十六夜の16日大安、雨竹亭本店の大門看板が掛け替わりました。 

10年前、この雨竹亭が完成した時、
私淑する大徳寺芳春院ご住職である秋吉則州師の揮毫で掛けられた看板も
雨風で筆跡が霞んできていました。
"板を彫り直して貰おうか"と悩んでいた中、
先日、愛好家としてご贔屓を頂く板金師三代の名門、当代湯浅一徳様が
松の木に銅板を貼り、叩き出しと金泥漆を施した「雨竹亭」の立派な看板をお持ち下さいました。
誰に聞くでもなく、ご自分で当亭の看板を写し取り、ご恵贈下さったのです。 

百年もつ見事なこの看板は、単に板金師の匠作と言うだけではなく、
お客様の真心がこもった ものです。
私にとってお客様との有難いお付き合いが運んでくれた本物の「金看板」です。 


【ススキひとつの飾り方で広がる世界 】

9月9日「重陽の節句」菊の節句と謳われる秋の訪れも過ぎ、
ススキの席飾りが心に沁みる季節になりました。
屋久島糸ススキは小振りで小さなスペースでも飾りやすく、お薦めの種類です。 
名残の蜻蛉が一匹飛ぶ下に小菊を楚々と咲かせるススキの風情は
まさに"秋"の景色を切り取ったかのようです。 

添え飾りに鈴虫(谷村隆文作・竹製)を置くことで景趣は更に情感的になりますが、
掛物に動物などを配した時"かぶり"と言われる重複の飾りにならない事は重要です。

掛物を使わないススキと鈴虫の席も山野草飾りとしてはとても気高いものです。 

蜻蛉から富岡鉄斎の「月下牧牛図」に変えることで、席中の情趣はまったく別世界になります。 

禅の教えのひとつと言われる「十牛図」の題材と思われる鉄斎の筆は、
画中に潜む精神をススキと言う野にある自然の風景をそこに取り込むことで、
"物の哀れ"を感得できる静謐で孤高な精神世界を現出してくれます。 

蜻蛉を配した「景色の具現」・牧牛図を用いた「精神世界への誘い」。
ひとつのススキから広がる様々な世界観を楽しむのも、季節飾りの醍醐味と言えます。 
留意点としては、ススキを単体で飾るなら丸地板で問題ありませんが、
合わせ飾りとして鈴虫を共に飾る時は、主たるススキの敷物を天然地板、鈴虫に丸地板、など、
格の差や変化を忘れないで欲しいものです。
これも"重複を避ける"作法のひとつです。 

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