雨竹 盆栽 水石 便り

盆栽歴45年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”

カテゴリ: 雨竹亭


つい数日前、慌しい国風展・水石展を終えて、久しぶりの床の間飾りを盆梅で設えたのに、もう花は満開を迎えて、
1年間培養に努めた梅の“晴れ舞台“は、その役目を終えて応接室から“関係者以外立入禁止“の、第3培養場に戻りました。

彼岸の頃の温かさが続く中、山椿の懸崖の老木が、真紅の見事な花を咲かせました。

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やっぱり春は花物盆栽の美しさに目を惹かれますね!
椿の盆栽は、やや日陰で一年中育てれば、比較的管理はしやすいです。

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様々な花姿・花色・の種を持つ椿の盆栽ですが、私は目を瞑って浮かぶ椿の自然な花が
大好きです。
これは盆栽の種全体を通して思う事ですが、日本画家が描いた梅や椿に、園芸種と言われるものは殆どありません。
山里、庭先、何処かでふと目に留まった自然の中にある樹々の姿が、心のファインダーに映って残っていると思います。
“珍しいもの“、“稀少種“、は、それも楽しいものですが、私は自然界の淘汰の中で、
その姿や色を創り上げてきた、“当たり前“のものが1番好きです。

先週飾った掛軸「淡雪に月」をそのままに、同じ[雪月花]の飾りでも、梅から椿になる事で、そこに浮かび出る世界観は、季節を含めて別の空間になってきます。

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これも盆栽と言う、その場所に“自然“を運び込める醍醐味だと思います。
脇床には、今年はじめての“水盤飾り“での水石を設えました。

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京都の貴船石。穏やかな稜線を描く遠山姿の中に、残雪の景色を見せる古石。
“水温む“春の訪れを感じるように、水打ちの水盤の取り合わせにしました。

深山に咲く山椿
仰ぐ月には、未だ名残りの淡雪
遥か彼方の山並みには、山間の雪渓

自然のあるがままの世界を、盆栽・掛物・水石・で表現する。
海外での盆栽水石趣味が広がる現代、ともすれば高額作品の購買欲という面では、本家の日本も押されがち。
それでも、こんな永い歴史の総合的な文化の集合体の中で出来る世界観は、私達の国ならではのものだと思います。
そして、この感性こそが、次の時代に私達の国が世界に発信する“日本の力“なのではないか!と思うのです。

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また数日間、この山椿に目を楽しませてもらいます。
1年の共に過ごしてきたご褒美のような時間。
元気にこうして花を咲かせてくれる事に感謝して。


国風展・日本の水石展・と、早春の一大催事も無事終了。
業界人として目のまわる2週間でした。

羽生の庭に帰ると、梅の盆栽の数々が、蕾から美しい凛とした花を咲かせていました。
展示会と商売に追われる刻を終えて、寒気の中でも、楚々と咲く姿を見ると、
人の気忙しさが他愛もない位に、自然はありのままに時を刻んでいる事を感じます。

半月ぶりに、応接室の床飾りをしました。

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盆栽と掛軸を使った「雪月花の飾り」
野梅青軸系の貴賓「月影」。


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昨年手に入れて、鉢合わせをしました。
月影は、花弁に萼の青さが透き映り、淡い萌色を見せてくれます。

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愛好家が相当長く愛培した事が、古感見事な幹味に感じられます。


掛物は、江戸時代後期に京都で活躍した“四条派“の画家、田中日華。

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この掛軸は、“描き表具”と言う筆法によるもので、表具と言われる絵のまわりの部分も、すべて日華の筆によって描かれたものです。

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まるで絵の外側の自然界から雪が深々と降ってくるような、粋で情緒満点の作品です。



脇床には、京焼の人形「紫の上」。


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20年以上前に、京都五条坂を焼物を探して散策している時、“これは盆栽や水石の添景に使える?“と思って、
工房を訪ねて、“あの作品の彩色をやめて髪色と紅だけにして作って下さい“と、
今思えば、陶芸家の方になんて無礼な注文をしたものかと、頭をかいています(笑)。

音も無く、しんしんと降る淡雪の中に浮かぶ月
冷気厳しい中でも、春の訪れを伝える梅“月影“の気品ある花姿、
月に雪に花に、何かに想いを寄せる紫の上の姿

やはり、私はこんな風趣を楽しむ世界が大好きです!
(中々、これだけでは食べられませんが、笑)


15年の刻をかけて大きくなっていった羽生雨竹亭の全景を空撮で捉えました。

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初めは正門もなく、前庭もありませんでした。
盆栽の培養に適している地を探して、
この羽生へ根をおろしました。
そこから約500点の盆栽の培養所としての棚作り、後方の倉庫、駐車場、
そして応接用の「雨竹亭の顔」と言える庭園と観音堂の造営。
その後、高砂庵故岩崎大蔵先生の遺品盆栽約1100点の移送に伴っての“第3培養場の突貫工事。

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いつの間にか、国内最大の規模を誇る盆栽園になりました。
ここから、私は京都大徳寺の盆栽庭園の維持管理もあります。
3月には満62歳となる中、社員の力で守り切れる園にするには、どうしたら良いか?
まだ答えが出ません。
まだまだ改修や造営をしたい部分もあり、いつまで経ってもやりたい事ばかりの“好き勝手な盆栽人生“はいつまで続くのやら!


【木村先生と共に贈る言葉を2人に】

中国いにしえの都、西安。
大唐の時代、長安と称して世界最大の都市であった彼らの故郷は、私が盆栽を中国に初めて輸送成功した地、楊凌の隣。
2人はこの楊凌で私達の盆栽展示場に専門学校を出て勤めていました。
当時、5名の候補の中から、“やる気“と“真面目さ“で、日本での盆栽技術研修に彼らは選ばれました。

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あれから3年、月日は早いもので故郷へ帰る日が近づきました。
後半の1年半は、私の懇願で名匠木村正彦先生の所へ、交代で技術向上の為に通わせました。
現代の日本の若者では到底続かない研修(修行と呼ぶべき厳しさ)を、
彼らは自分が日本に来た目的と言うものを見失わずに理解して必死に実技に打ち込みました。

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天才と謳われた木村正彦先生にして
「帰るのは惜しい。もう2年、私の手元で腕を磨けば、中国を代表する盆栽大師に将来は必ずなれる。森前君、何とかならないか?」
と、何度も言われました。
先生の気持ちも痛いほど分かり、故郷で待つご両親に1度も帰らず研修に打ち込んだ2人を、1日でも早く、親元に返してあげたい。
この両方の気持ちの間で苦悩しました。

コロナ収束後、また日本で更に勉強をしたいと言う2人を、今回見送って、故郷と日本の盆栽界の“架け橋“になってくれる事を願っています。

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新年1月2日、私の羽生の庭に木村先生がわざわざ来てくれました。
2人の頑張りにエールを送りに来てくれたのです。
“国に帰っても、木村の研修生である事を忘れないで”と、
盆栽人に1番大切な礼節ある人となり、盆栽に打ち込む日々を願ったのです。
私と先生で相談して、彼らに用意したのは、手書きの掛け軸です。

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結束三年的学習回國之比
観看所有一木一草一石的自然造形感謝大自然中渺小的自己
持有放空自己 謙虚地敬仰萬物之心
不是作也不是造 而是心靈的創造
這是盆景家的生存之道

3年の勉強を終えて国へ帰る君に贈る
一木一草一石、自然を深く観て、感謝して、自己を見つめなさい
その心が盆栽家として、生きる道になるのです


私が2人に教えてあげられた事は何だろう?
もっともっと伝えたいことがたくさんあったのに。
帰った後に、彼らにどれだけの事がしてあげられるだろう。
我が子のように思う2人に。

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頑張れ!盆栽を見つめて真っ直ぐに歩いて!
頑張れ!如何に生きるかを、盆栽から学んで!


旧年中は、羽生・銀座・その他、私共の活動すべてにご支援ご愛顧を頂き、誠にありがとうございました。
ウィルス災禍でまだまだ厳しい社会情勢が続きますが、盆栽と水石の豊かさを皆さまにお伝えして、
少しでも心豊かに暮らせますよう、お手伝いをさせていただきます。
今年もどうぞ宜しくお願いします。


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新春の盆栽飾りを応接室に床飾りをしました。

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五葉松に日の出、脇飾りには、長寿梅とふきのとう。


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其々、年をあらためる神気を願って飾りました。
特にふきのとうは、私が23年前、独立した時から毎年お世話になる方々へ、
芽数の足りる限りに鉢植えして年の納めにお届けしているものです。

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20年前は、埼玉県の桑畑の農家の方から譲って頂けたのですが、

温暖化と桑農家が減ってしまい、段々北へ採取地が移動して、今では山形や宮城県から山採りしてもらっています。

“来る年も宝の芽がたくさん出ますように!富貴の塔となりますように!芽出たい年になりますように“の願いを込めて作っています。
羽生の培養場もなく、栃木の小さな家の小さな庭先で、
銀座を閉めて帰ってから、寒風の露天で悴む手を暖めながら作ったあの頃を忘れないように。

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皆様にとって、少しでも幸多き佳き年となりますように。

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