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盆栽歴45年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”

カテゴリ: 日常


商用と京都盆栽美術館の打合せで、長野県小布施町の鈴木伸二さんのアトリエに伺いました。

東京に隣接する埼玉県の私達と違い、長野県ではコロナ感染に対して、とてもナーバスになっているそうです。
感染者が出ると、信じられない話ですが、近隣の住民から家に石を投げられたり、様々な嫌がらせを受けるそうです。
確かに、“夜の街“や居酒屋などでの宴会をして、となれば、非難すべきものもありますが、
仕事に励み、感染にも注意をした上での罹患となれば、誰もがありうる事で、本人にしても本意であるわけもなく、同情すべきものもあるくらいだと思います。


それとは別に、相変わらず彼のアトリエは、美しく、清潔で、そこに“住んでいる“盆栽達は、日本の名品のオンパレードと言える内容です。

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国風賞を受賞した盆栽だけでも何点あるのか?多数の京都財団の名品盆栽達の圧巻の内容。

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一般の愛好家から同業者の市場の商品、銀座店からのお客様の依頼による樹勢回復を頼まれた傷んだ盆栽達、
羽生は苗木から傷病兵、そして将来の名品、多種多様、鈴木伸二さんの所を美術館に例えれば、我が家は総合百貨店とホームセンターの混成部隊!
それでも、樹齢数年の樹を化粧鉢にスタッフが植えて、それをカップルの若い方々が「可愛いね」と求めてくれる時、とても嬉しいんです。
羽生でやれる事、銀座で役に立てる事、若いスタッフと頑張ります!
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高松鬼無方面で、以前に買い付けた盆栽の積込があり、トラック1人のスタッフの応援で、
ハオ君ツァオ君が夏休み返上で手伝ってくれました(八月のお盆は社員が連休するので早めの休み) 
3年の研修も今年が最後の年。
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交代で木村正彦先生の所に、技術を身につける為行っていますが、先生にも了解してもらって、最初で最後の高松への旅に同行してもらいました。
鬼無にある山の斜面や畑を使った素材作り、彼らには初めて見る光景ばかり。
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中国に帰って愛好家の皆さんの手入れをする事は勿論ですが、
将来の為に若い素材からコツコツと作る現場を、その目で見ることは、心の記憶になったと思います。
特に北谷養盛園の“隠し畑”は、約1000本の五葉松が整然と並ぶ、それ自体が絵になる圧巻の美しさでした。
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神高松寿園・中西珍松園・そして“鬼無の総本家”と言われる桃太郎さんこと、神高本家。
そこで見るすべてが、2人の心に刻まれる感動になったようです。
高松はいいですね!山あり海あり、盆栽あり!

【伝承された「命」達・ご当主の想い】

7年ぶりに、信州長野県岡谷市の名園『寉龍庵』小口家へ、伺いました。
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現ご当主は、二代目・小口博正師。
物静かに多くを語らず、時折・緊張する私を和ませてくれるように、ヴィヴィットな冗談を仰って下さる紳士。
ご初代であられた、故小口賢一翁は、昭和後期を代表される大家愛好家。
私もご生前に大変なご交誼を頂き、多くの事を学ばせていただいた、まるで老師・仙人・のような方。
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国の有形文化財に指定された建築「寉龍庵」は、ご先代様から受け継がれた老樹達と共に、博正師と奥様が様々なご苦労を覚悟で守り継がれています。
真柏名樹・「臥龍」「宝船」など、日本盆栽界の伝承名木を、信州の地で、ご正業の傍らで守られること、
ご先代への敬慕、盆栽に秘められた精神と美、お歳を重ねてご先代にますますその面影が似てくる博正師を邸内を共に散策しながらご一緒していると、
いつの間にか、ご先代と過ごした刻の中にいる錯覚すら覚えました。
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「せめて、私の代までは守り伝えたい」
この言葉に、私達盆栽を業とする者は、斯界を現在の姿に導いて下さった恩人達が遺された、
文化遺産と言える盆栽達を、どのようにか?次代に伝えるお手伝いを本当にしているのか?と、自問自答して恥じてしまいます。
“これは、プロのオークションで売ると○○位だから”・・
こんな基準で盆栽を評価することが、正しいのだろうか?自分の日常を振り返ってしまいます。
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日本の古美術・茶道美術・などは、どれ程の人物が愛でたものかが、評価されます。
勿論、盆栽は刻にして姿を変えてゆきます。
表面的な形骸化した価値観も一方では必要ですが、樹は刻を刻み続けています。
その刻んだ歴史に人の歴史が重なり合ったもの、それこそが、ある意味においての『伝承名樹』ではないかと、若き日に古老、賢一翁と対面した記憶が蘇る訪問でした。

【33代1000年!の隠れ仕立て畑!!】

3年ぶりに四国高松・鬼無の五葉松の生産地に伺いました。
某所より“長く培養に励まれていた何人かの方々が、高齢の為、まとめて買ってくれる人を探している”と言うお話を頂き、懐かしい地をまわりました。
山懐の最奥部に位置した「神高本家」、敷地の中には7世紀初め頃の、古墳まである由緒ある家!
数えて33代目にあたるご当主の神高哲夫さんは、いかにも家柄の良い風貌とお人柄。
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宮島五葉松(この土地では、銀八五葉と呼ぶそうです)を苗木から畑で育てて、10〜15年で鉢揚げ、そこから剪定・整姿・を繰り返し!
別に70年以上かけて、太幹の名木となる素材が、古墳前の畑にビッシリ!
「出来れば選び出しではなく、せめてひと畝ずつで考えて欲しい」とのお言葉。
大変な量と手間、・・・自分でも苦笑いの結果、全体で600点を超える約束をして、来月には300点の鉢物引き取り、来春には300点の地植え物の大量移動となりました。
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羽生に帰って、管理班の“顔色”を見ながら(笑)さて、羽生第三培養場3000坪も、だいぶ狭くなってきている中、どうやって置こうか?
・・相変わらずの私でした!
でも、高松は素晴らしいです!
樹と土を友として、日々樹づくりに励まれる鬼無・国分寺・坂出・の盆栽家の皆さん。
自然美しい地が、育んでくれる未来の名木達。
この地が、これからも変わらぬ五葉松の「聖地」でありますように。
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【68歳の盆栽培養場開設!】

15歳で盆栽修行に入った時から、38歳で独立するまで、在園していた竹楓園の「大政・小政」と呼ばれた兄弟子と私。
人には言えない苦労も人生の半分以上をお互いに支え合った特別の存在。
破天荒な人生の私と対照的に地道で穏やかな人柄は、現在・北関東盆栽協同組合理事長・社団法人日本水石協会副理事長と言う要職からも窺えます。
私に遅れて50歳で独立した兄弟子は、仲間の棚を借りたり、元の主家の庭の一部を借りたりして今まで正業にたったひとりで励んできました。
“手を入れる程でもないものは半値でも処分して、年なんだから好きな樹を作れば“とずっと言い続けていました。
栃木の自宅に程近い所、2人で40年以上前に養成樹の培養場として日々水かけに明け暮れた地、
ここに自身の所有する盆栽のすべてを集めた「最初で最後の培養場」を作られました。
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若き頃、スプリンクラーでの水かけを任されて、30分で良いものを、うたた寝が過ぎて、2時間掛けっぱなしにして、
近隣の道路に水が溢れた苦い思い出の地に、40年ぶりに訪れました。
お互い五葉松に魅せられて今も所有樹の圧倒的な割合が五葉松。
兄弟子の600坪の棚も五葉松に埋め尽くされていました。
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人柄そのものと言える五葉松の姿。
兄弟子の終の住処として、まさに格好の場所!
それにしても、よくこんなに集めたもの!(人のことは言えませんが!)
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私達盆栽人は、自分の周りに盆栽がある事が、何よりも嬉しいもの。
兄弟子もこの盆栽達と良き年を重ねてくれる事を願う、嬉しい日になりました。
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