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盆栽歴42年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”

カテゴリ: 日常

【木村正彦先生に感謝!50年の愛育の結晶!】

先日、新潟県燕市に国風展出品の盆栽「蝦夷松」をお届けに行ってきました!
数年前 "父も高齢の為 整理を含めて相談にのって欲しい"と言う連絡で、
初めて伺った笹川さんの盆栽庭園。
まるで私が小僧に入った40年以上前の
"何処かで見た盆栽棚"の雰囲気をそのままに保存された樹々と棚姿に感動を覚えた事が昨日のように蘇ります。
挿し芽から増やし、育んだ蝦夷松の秀作群、数点の抜きん出た作品。
人に相手にされなくても気の遠くなる程の年月、日々盆栽と共に歩まれたとのこと。
こんな方の作った盆栽を一度でいいから中央の舞台に飾ってあげたい! 
そんな気持ちと笹川のお爺さんの夢が叶って、今年見事に国風盆栽展初入選となりました。
それには 日頃から私に親切にして下さる "世界の木村" 名匠 木村正彦先生 の ご協力が あったからこそです。
鉢合わせ・手入れ・搬出入 すべてを引き受けて下さいました。
元の鉢に戻して 管理上の問題がなくなるまで木村先生は、
ご自分の庭で管理下さり、約1年ぶりに越後の地に戻しました。
笹川さんの棚は相変わらずご自分の"作品"で一杯!

「夢が叶ったら欲が出ました。もう一回ダメでも挑戦したくなりました」
八十路を超えた老愛好家が次の夢を持つ!
素晴らしい事だと思いました。
戻した蝦夷松と共に撮った写真の左側には、ご尊父様より受け継いだ
「中野忠太郎の五葉松」が、斜幹の姿美しく愛育されていました。
おじいちゃん!また伺いますからね!!


【国風賞・内閣総理大臣賞 の盆栽達がズラリ!】

毎年 秋に京都で開催される「日本盆栽大観展」の実行委員長に 
永年の友人であり、盆栽作家の鈴木伸二さんが 任命されました。
" 協力してほしい"との 彼の懇願を請けて また 業界のボランティアが増えそうです(笑)。
先日 打合せで 彼の盆栽庭園へ赴きました。

相変わらずの 手入れの行き届いた 盆栽と庭 には、いつも頭の下がる思いです。

2年前、四国 高砂庵より、故岩崎大蔵先生の遺品盆栽 千点以上を 私の庭に運んだ時、
"息子の為に譲って欲しい"と 彼の願いに応えて割愛した真柏。
当時は状態もあまり良く無く、"彼なら蘇生出来るかもしれない"と思って譲った樹。
葉の緑も濃く、樹勢が素晴らしくなっていました。
"彼に託して良かった!"と、心から思いました。
きっと次の時代、木村正彦先生のところで腕を磨いた彼の息子さん達が、
名樹への道を歩ませてくれるでしょう。

私や伸二さんがここから
"やらなければならない事"・"次の人達に受け継がせなければならない事"、
いろんな事を思う小布施の1日でした。

我が水石協会理事長・小林國雄先生 る創作エネルギーに脱帽!】

世界大会の余熱冷めぬ中、私も事務局長を務める 
日本水石協会主催の歴史ある展示「日本水石名品展・明治神宮」の 
出品審査会・撮影会が、理事長邸宅でもある「春花園盆栽美術館」で 行われました。
久しぶりの理事長邸、世界大会に飾られた黒松「雲龍」も 本来の居所に帰って元気そうでした。
"森ちゃんのお陰で、世界大会・日本の水石百選 も、上手くできてありがとう"
と、相変わらず、上下もなく、ご自分の思ったことを平らに仰る"大好きな"方でした。
驚くのは 庭に溢れるほどの 大型盆栽達です。
ほとんどが、手に入れた姿からご自分の創意を加えた「小林芸術」へと変貌していました。
"俺は樹を作っている時が一番幸せなんだよ" 
本当にこの方は、樹と語り合ったり、喧嘩したり、慰め合ったり・・・
盆栽家、ただひとりの「孤高の作家」なんだなとあらためて思いました。
私と11歳違い、69歳にして、創作意欲は私以上です。
一緒に撮った写真の通り、私はこの"ヤンチャで、わがままで、涙もろくて、人情深い" 作家の、
クシャクシャの笑顔が大好きです。
ああ、また上手にコキ使われそう!!(笑)


【中国 宜興  里帰りした古渡盆器の名品展】

先日、今年の盆栽中国輸送の際に、宜興市博物館で開催中の名盆器展を見学する機会を得ました。
10年位前まで日本盆栽家達が100年の歳月を守り続けた名器群が "里帰り "の形で、生まれ故郷のこの宜興の地に戻りました。
拝見して感慨深かったのが、居並ぶ名品盆器の半数以上が、私の旧蔵品で、若き頃より名盆器を扱い、
一時は故片山先生の跡を請けて美術倶楽部の鑑定家になる人生の思い出深い品々ばかりだった事です。
古渡最高峰と謳われた"李鴻章の烏泥"は、別格で飾られていましたが、
当時中国を代表する蒐集家 楊貴生先生に請われて手放したことが、昨日のように思い出されます。
楊 季初 の 絵白泥・川石山人の紅泥・為善最楽の梨皮紅泥
数えればキリがない数々の"思い出の名品"が、ここに集まっていました。

日本から海を渡らせることに忸怩たる思いを持ちながら当時を過ごしていた私ですが、
こうして大切に"博物館"の展示品として扱われている姿を見ると「これで良かったのかな」と思います。
私は今、この宜興に僅かに残された"古渡の技術"を踏襲する窯場と未来の実用盆器の研究製作に取り組んでいます。
試験的に完成した作品は、日本到着と同時に蔓青園氏を筆頭に著名盆栽家達の目に留まり、
自分で使いたいものまで含めて、あっという間に無くなってしまいました。
10代で恩師須藤進が運んだ「新々渡鉢」銀座三越時代に遮二無二扱った盆器達、
そして自ら中国との交流をする中で、手探りで始めた「名器の再現」。
秋には未来の国風展用の"廉価な名器"を多くの愛好家にご紹介したいと思います。




「陽春」と言う言葉が、庭の盆栽を見ているだけで感じる季節になりました。

遅霜を心配して室込みしてあった樹々達も、いっぱいの陽射しの下で美しい葉や花を楽しませてくれています。
山桜の静かな花と新緑・淡い紫色の藤桜・
軍配の房の様な花姿を名にした采振り木・深い緑の中にも春の新芽を吹く蝦夷松・・。
棚々に広がる千点を超える盆栽達を見ていると、世界大会の準備や、中国輸送の疲れも何処かにいってしまいます。

やっぱり、盆栽といっしょに過ごす穏やかな日々はいいもんですね!

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