雨竹 盆栽 水石 便り

盆栽歴45年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”

カテゴリ: 日常


15年の刻をかけて大きくなっていった羽生雨竹亭の全景を空撮で捉えました。

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初めは正門もなく、前庭もありませんでした。
盆栽の培養に適している地を探して、
この羽生へ根をおろしました。
そこから約500点の盆栽の培養所としての棚作り、後方の倉庫、駐車場、
そして応接用の「雨竹亭の顔」と言える庭園と観音堂の造営。
その後、高砂庵故岩崎大蔵先生の遺品盆栽約1100点の移送に伴っての“第3培養場の突貫工事。

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いつの間にか、国内最大の規模を誇る盆栽園になりました。
ここから、私は京都大徳寺の盆栽庭園の維持管理もあります。
3月には満62歳となる中、社員の力で守り切れる園にするには、どうしたら良いか?
まだ答えが出ません。
まだまだ改修や造営をしたい部分もあり、いつまで経ってもやりたい事ばかりの“好き勝手な盆栽人生“はいつまで続くのやら!



先日、福島のお客様へ出向きました。羽生も朝6時に出る時、気温何と氷点下7度!
東北道も車内からの外気温がずっとマイナス5度でした。

現地に着けば、一面冬景色!

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雪が凍り“氷の世界“になっていました。
盆栽達も、凍った雪の衣を纏って、冬眠するかのように呼吸を止めているようでした。

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それでも、松も真柏も葉の色は瑞々しく、彼らの生命力には驚かされます。


昨年は羽生も水瓶の水が凍ったのは、薄氷で僅かに2~3回。
今年は連日氷点下です。
温暖化と言われる近年ですが、今年は修行時代のあの寒さが戻って来た感じです。
盆栽は自然の樹々とは違い、人間で言うところの“胃袋“が鉢の中です。
比熱の問題で、気温が下がれば鉢内もある程度同じように下がります。

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培養土の水分が根を守っています。
水や氷は、氷点下の中では、かえって“保温“の役目を果たすのです。
それでも、雑木や針金をかけた盆栽達は、寒風と低温を避ける為に、屋根のある棚場が安全です。
陽当たり・北西風・そして午前中の水かけ。
雪国の大変さ・からっ風の関東の管理、地域によってどうやって盆栽達を守るか、違いますが、
大切なのは“我が子のように見守り、“過保護にせず、育てる“事です。



分不相応な夢。
2年前に大徳寺芳春院のご住職より頂いた「盆栽庭園」の構想。
再三のご辞退願いの末に、私淑するご住職の想いを受け止めて、
自分の人生設計(元々たいしたものではなかったのですが)を変えて臨んだ庭園進行。
コロナの影響で、正式な開園を来春の3月にした中、ご縁ある京都盆栽財団の「慶雲庵」田中理事長と
お世話になって来た『月刊・近代盆栽』の徳尾会長のお話で、
11月28日〜12月6日まで、財団初の単独展に庭園をご利用頂くことになりました。


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21日に京都入りして、とにかく掃除掃除の毎日!
24日より、財団所有の盆栽達が、長野鈴木伸二さん・エスキューブ・より続々と庭に運び込まれ、
目の回る忙しさの中、ようやく準備完了となりました。

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何も無かった150年間未使用の地、庭園前が秀吉が信長の一周忌を執り行った・総見院、斜め前が、千利休を筆頭とする茶道千家の菩提寺・聚光院、
そして後ろがこの盆栽庭園の所有者である芳春院の加賀前田家の墓所。
ここに盆栽庭園が出来るなんて、当の私ですら今も“夢の中か?“と思うくらいです。


21日以来、ホテルには泊まらず、日々をこの名刹の中で暮らしています。
深夜、庭に佇めば、蹲に落ちる一滴の水音までが、はっきりと聞こえる静寂。
月明かりの下に仄かに見える盆栽達。

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これからここを舞台に私に何が出来るものか?見当もつきません。
ひとつだけ言えることは、46年前、15才の時、世間から離れた山奥の禅寺で修行僧になる事に憧れた小僧が、
紆余曲折の人生の末、多くの人々に導かれて、日本の禅林を代表する地に、盆栽庭園を預かる事になったと言うことです。
不思議な想いですが、私はここに辿り着く為に今まで生かされて来たのかもしれません。
そして、これからも多くの出会いを頂きながら、人生の修行をさせて頂くのだと思います。
間もなく禅林文化の中に、初めて盆栽が根付きます。
もう一度、10代のあの頃に心を戻して、修行の始まりです。


大徳寺での「慶雲庵特別展」の準備の為、しばらく業界のオークションに出席出来ないスケジュールとなる為、
久しぶりに千葉匝瑳市の「マルキョウ交換会」に参加しました。
手頃な1~5万程の盆栽から、100~200万の将来の国風展へ向かう樹まで1000点を超える出品!


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特に感じたのが、ビットを入れると必ず対抗ビットが入るのが、海外からのオーダーに応える代行業者と声。
会全体の約半数が海を渡る事になりました。
特にサツキの動向が最近目立って注目を浴びています。
海外への検疫等の関係で、“運び易く管理が容易“と言うことが人気に火がついたと思われます。


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それでも全体に言えるのは、10~20年作り上げた樹が、手間賃も出ない額で落札されること。
お客様に供給する立場からはありがたいものですが、今まで作り手が育ててくれたからこうして市場に出てきますが、
海外に輸出された分はもう日本には戻りません。
次の時代、日本の盆栽素材の枯渇は目に見えています。

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人件費の高騰で、日本での苗木からの作出者が激減する中、私達プロは、次代の業界の在り方を根本から考えなくてはいけない岐路に来ているようです。

先達が人生と生活のすべてを費やして残してくれた盆栽達。
もう一度あの若き修行時代に日々苗木の八房五葉松の接木をした頃を思い出し、ここから何をしなければいけないか?
振り返る日になりました。

五葉松・黒松の生産と育成では、国内随一の高松鬼無地方。
鬼無を代表される「小西松楽園」小西幸彦先生の所へ伺いました。
前回お伺いした時、今は殆ど手に入らない、“銀八”宮島五葉松を苗から育成され、中品盆栽に仕上げた夥しい鉢数を見て驚きました。

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「通年ならヨーロッパなどからの注文で、この時期は予約品で売る物も無い時なのに、今年はコロナの事で、来年の鉢上げ分をどうやって棚に置こうか悩んでいる」
これを聞いて、棚に広がる千点近いこれらの樹を全部譲って頂く事にして、今回それを引取りに来ました。

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ご家族総出で積込みを手伝って頂く中、“ちょっと来てくれ“と言われ、
小西先生と暫く歩くと、目を疑う程の大型太幹の五葉松が、整然と植え並んでいました!

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“親の代に植えて、私の時代でも半世紀を超えた作出をした樹達。森前君が良ければ譲ろう”と申されました。
鬼無各地を廻りましたが、こんなに手間をかけて見事に作出した太幹物は、初めて見ました。

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来春の抜き込み、移動、という事で譲って頂くことになり、思いがけない縁を頂きました。
老匠達が、刻を惜しまずに手がけた鬼無の銀八五葉松。
有り難くもあり、次の時代にはこのような樹達がこの街からも消えてゆく事に、複雑な思いも抱きました。
世の中の生活レベルが向上して、日が昇り、暮れるまで、樹と土にまみれて暮らされて来た先輩達が残された遺産。
これからは“5~8年位で出荷できる生産品へ“となっている現状。
盆栽がいかに人の刻を削って作り上げられてきたのか、私達は伝えていかなければいけないと痛感しました。
鬼無に来ると、何故か心が穏やかになります。
それはきっと、そこで盆栽達の育成に努められる皆さんが、自然と樹と共に、無理せず暮らされているからなのかもしれません。
羽生に運ぶこの子達を、大切に盆栽を愛される皆さんへ繋いでゆく事の重さを感じる1日でした。

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