雨竹 盆栽 水石 便り

盆栽歴45年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”

カテゴリ: 日常


国風展のお届け物の途中に、玄虹会々員であり、関西を代表する生粋の盆栽愛好家、矢内さんの所にお邪魔しました。

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料亭「みのお茶寮」のご主人として腕を振われる一方で、ご自身で鋏を入れ、樹作りを楽しまれる“ホンモノの愛好家“として有名です。
私も30年以上前にお会いした時は、その風貌から“コワモテ“のイメージがありましたが、
実際には天才的な料理人らしく、盆栽も繊細で、名人大宮盆栽村の山田釜次郎翁の薫陶を半世紀以上前から受けただけの本格派!
修行時代に学んだ“盆栽は刻をかけてひとつずつ貌が違うもの“と言う古典の教えがここに来ると思い出されます。

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文人調・季節感見事な花物・楓を中心とする雑木盆栽の数々。
どれもが型に囚われず、その樹の“個性“を活かした作品となっています。
しかも、鉢にもこだわり、殆どが名器に納められていて、ここに来ると“盆栽はいいなあ“と、我ながら感じます。
京都大徳寺の盆栽庭園を預かる身となる中、こんなホンモノの盆栽世界観を忘れないようにと、自分に叱咤する刻となりました。


二十代の頃からお世話になってきた趣味家の方、八十路を前に体調を崩され、
半年以上にわたるリハビリで、ようやくご本宅に戻られましたが、半身不随となり、お見舞いに伺った時は「盆栽のすべての処理を頼む」の弁。
日本を代表する企業の重役に、高卒でなられた立派な方。
愛好家としても、季節を楽しみ、飾りを楽しまれる生粋の趣味者。
“たとえ10点でも残されて、お楽しみになって“とご子息と説得の結果、30点を残されて100を超える蔵樹を放出されることになりました。


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よく盆栽業では“旦那さんが止める時は、自分の退職金”などと、まるで自身の儲けのような事を言う人達がいますが、私は昔から苦手です。
勿論商売はしたいですが、そのお客様と歩んだ永い年月、ひとつひとつの盆栽への思い出と、愛された持ち主の気持ちを思うと、
“こんな時こそ、出入方として、これが最善の姿、という扱いでいたい”と、ガラにもなく思うのです。
同じ愛好家として私のまわりで朋友と言える程のお付き合いをされてきた皆さんに、お声かけをして
“後日、全国の盆栽業者が集う交換会に○○さんの放出品を出します。事前に集まって頂き、ご希望があるものを優先して受け継いで下さい”
と申し上げました。
約20点の盆栽が、蔵者の友人達へ継承されます。勿論私は10%の手数料を頂きます。

この中には、旧高木コレクションのものもあり、特に高木さんが財団を興した時に日本橋三越で開催した記念式典「悠久のコレクション」の図録に収録されている五葉松名樹「稲取」もありました。

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バブル期を挟んでの愛好人生。
家一軒分に等しい対価が注ぎ込まれたでしょうが、盆栽は手入状態、時勢での評価、などで、手放す時は“今いくらするか”が基本となります。
たとえ100万出した事を知っていても、プロとして今が30万なら、
蔵者のご友人に「30万はありますのでお願いします」と伝えるのが、私の役目と思っています。
半世紀近い出入方として、自分で儲かりそうなものを先に買うことも出来ますが、
他を捌いて、良いものだけ自分が、と言うのはどうも出来ません(笑)。
それでも数人の友人達で400万ほど、盆栽達の“嫁ぎ先“が決まりました。
あとは、3月1日に開催される「天地会オークション」に全品出品して、キレイに伝票でご報告することにしています。
救いは、ご本人がこの形を喜んでいる事、そして30点のご自身で選んだ盆栽達がある事です。

たとえ半身が不自由となられても、まだまだ楽しんでほしいです。
失礼を顧みず申し上げました。
「○○さん、これだけのご苦労ご苦難をされた方にしか見えないものが、きっとあると思います。ここから見える盆栽の素晴らしさを楽しんで下さい」と。

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1日は、各盆栽業者の皆さんが、“お金にならない”と、競りで声をかけない樹達を、私の役目として、一生懸命買ってみます。


15年の刻をかけて大きくなっていった羽生雨竹亭の全景を空撮で捉えました。

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初めは正門もなく、前庭もありませんでした。
盆栽の培養に適している地を探して、
この羽生へ根をおろしました。
そこから約500点の盆栽の培養所としての棚作り、後方の倉庫、駐車場、
そして応接用の「雨竹亭の顔」と言える庭園と観音堂の造営。
その後、高砂庵故岩崎大蔵先生の遺品盆栽約1100点の移送に伴っての“第3培養場の突貫工事。

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いつの間にか、国内最大の規模を誇る盆栽園になりました。
ここから、私は京都大徳寺の盆栽庭園の維持管理もあります。
3月には満62歳となる中、社員の力で守り切れる園にするには、どうしたら良いか?
まだ答えが出ません。
まだまだ改修や造営をしたい部分もあり、いつまで経ってもやりたい事ばかりの“好き勝手な盆栽人生“はいつまで続くのやら!



先日、福島のお客様へ出向きました。羽生も朝6時に出る時、気温何と氷点下7度!
東北道も車内からの外気温がずっとマイナス5度でした。

現地に着けば、一面冬景色!

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雪が凍り“氷の世界“になっていました。
盆栽達も、凍った雪の衣を纏って、冬眠するかのように呼吸を止めているようでした。

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それでも、松も真柏も葉の色は瑞々しく、彼らの生命力には驚かされます。


昨年は羽生も水瓶の水が凍ったのは、薄氷で僅かに2~3回。
今年は連日氷点下です。
温暖化と言われる近年ですが、今年は修行時代のあの寒さが戻って来た感じです。
盆栽は自然の樹々とは違い、人間で言うところの“胃袋“が鉢の中です。
比熱の問題で、気温が下がれば鉢内もある程度同じように下がります。

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培養土の水分が根を守っています。
水や氷は、氷点下の中では、かえって“保温“の役目を果たすのです。
それでも、雑木や針金をかけた盆栽達は、寒風と低温を避ける為に、屋根のある棚場が安全です。
陽当たり・北西風・そして午前中の水かけ。
雪国の大変さ・からっ風の関東の管理、地域によってどうやって盆栽達を守るか、違いますが、
大切なのは“我が子のように見守り、“過保護にせず、育てる“事です。



分不相応な夢。
2年前に大徳寺芳春院のご住職より頂いた「盆栽庭園」の構想。
再三のご辞退願いの末に、私淑するご住職の想いを受け止めて、
自分の人生設計(元々たいしたものではなかったのですが)を変えて臨んだ庭園進行。
コロナの影響で、正式な開園を来春の3月にした中、ご縁ある京都盆栽財団の「慶雲庵」田中理事長と
お世話になって来た『月刊・近代盆栽』の徳尾会長のお話で、
11月28日〜12月6日まで、財団初の単独展に庭園をご利用頂くことになりました。


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21日に京都入りして、とにかく掃除掃除の毎日!
24日より、財団所有の盆栽達が、長野鈴木伸二さん・エスキューブ・より続々と庭に運び込まれ、
目の回る忙しさの中、ようやく準備完了となりました。

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何も無かった150年間未使用の地、庭園前が秀吉が信長の一周忌を執り行った・総見院、斜め前が、千利休を筆頭とする茶道千家の菩提寺・聚光院、
そして後ろがこの盆栽庭園の所有者である芳春院の加賀前田家の墓所。
ここに盆栽庭園が出来るなんて、当の私ですら今も“夢の中か?“と思うくらいです。


21日以来、ホテルには泊まらず、日々をこの名刹の中で暮らしています。
深夜、庭に佇めば、蹲に落ちる一滴の水音までが、はっきりと聞こえる静寂。
月明かりの下に仄かに見える盆栽達。

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これからここを舞台に私に何が出来るものか?見当もつきません。
ひとつだけ言えることは、46年前、15才の時、世間から離れた山奥の禅寺で修行僧になる事に憧れた小僧が、
紆余曲折の人生の末、多くの人々に導かれて、日本の禅林を代表する地に、盆栽庭園を預かる事になったと言うことです。
不思議な想いですが、私はここに辿り着く為に今まで生かされて来たのかもしれません。
そして、これからも多くの出会いを頂きながら、人生の修行をさせて頂くのだと思います。
間もなく禅林文化の中に、初めて盆栽が根付きます。
もう一度、10代のあの頃に心を戻して、修行の始まりです。

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