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盆栽歴42年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”

カテゴリ: 日常


【未来に遺す「木村芸術」の 保存と伝承の為に】

70代半ばを過ぎても、その創作意欲に衰えを見せない木村正彦師。

世界の盆栽家・愛好家の誰もが、師の作品を手にしたいと願っています。
木村師の作品には2種類があります。
ひとつは "無から生み出す自然芸術" と言える「創作的盆栽」
もうひとつは 現存する盆栽の素材や、過去に多くの盆栽家と共に生きてきた樹を、
師の感性と超絶技術で、新たな作品に"生まれ変わらせた"盆栽。

[創作盆栽の意義]

中国名勝「武陵源」の 石柱山水の絶景大自然を脳裏の規範として誕生した、木村芸術のシンボル的「石付盆栽」。
樹齢千年を超える古樹を、まるで魔法の様に 名樹の姿へと蘇らせる盆栽家としての頂点にありながら、
独創的な彫技で創出した石に、真柏や檜の素材を使って、
心の中にある"あの時感動したあの大自然"を作り出す事に情熱を傾ける姿は、
三十数年前に始めた当時は"木村も安い素材でごまかしている"と揶揄された事もありました。
しかし、それは木村師しか辿り着かない境地なのだとも言えます。
国家より初の表彰を受けた時、そこに記されている立場は「園芸装飾士」という評価でした。
"自分は盆栽家だ・園芸しかも装飾ではない"という心の中の葛藤があったそうです。
「そこに存在する樹齢を重ねた樹は、元来の生きてきた姿の基本があり、
それを個人の感性と技術で、芸術的な作品に創出する」
という事が、国家の見識者達の意見、
つまり、ゼロから創作したものこそが、真の芸術家としての姿 とする見解は、
ある意味で木村師のその後の活動を、ふたつの姿に導く事になったのです。
つまり、自分で山々を歩き、"この石なら"と言うものに巡り合い、
石の素材を自身の心象風景に合わせて彫刻し、そこに 盆栽を付け、完成した姿は、
まさに「武陵源」を代表とする盆栽の原風景。
「これこそは私の創出した作品だ」
木村師は、この想いを持って今も創作に励んでいるそうです。
盆栽家として"無から有を生み出す"芸術家として。

[製姿・改作 作品 の 意義]

完全なる創作とは 別に 古来よりの 佳き素材を木村師の眼で 再度見極め、
技の限りを尽くして、樹が持つ最大限の盆栽としての姿と価値観へ変貌させる。
これも盆栽家として、大切な世界だと木村師は言われます。
樹の命と成長は、どんな老木でも 生きている限り進んでゆく。
完成度の高い名木でも、数年前と同じサイズ、同じ枝先までの姿とはいかない。
時には一時的な観賞の頂点を過ぎ、「昔は素晴らしかったのに」と言われる樹も少なくありません。
そんな盆栽を、「今」と言う時に合わせて、その時の最良の姿へと製姿・改作へと 挑むのも、
盆栽家のあるべき姿だと師は問います。


[作品証明書の意義]
盆栽は、盆栽大師と言われる人物が手掛けても、
その後 何も手入れや管理をしなければ、作品としての面影もない程、その樹相を変えてしまいます。
木村師と言えどもこれは変わりません。
芸術作品として、"誰が創出・製姿・改作したものか"を 記録として残し、
作品の美術的・市場的価値を伝承する目的で、
この度  (株)エスキューブ 雨竹亭 会長 森前 誠二 と 木村正彦師 で協議し、
木村師の創作および製姿した盆栽に「作品証明書」を残す 契約を締結しました。
世界の盆栽家達が、木村正彦を憧れ、師の作風に倣って盆栽を発表する現在、
師が本当に手掛けた盆栽を正統に記録し未来に伝承する事が、急務と判断した結果です。
作品は「私が創作した盆栽」「私が製姿した盆栽」を 
作品ごとにシリアルナンバーを付けて保存する事になりました。
勿論、過去に創られた作品に要請があれば、作品を確認して
「木村師が手掛けた作風が、正統に伝承されている」ものには、証明書を発行します。
木村師の意向で「この証明書は森前氏に確認発行の全てを任せる」となり、
掲載の2作品が、創作・製姿 の各 初の証明書付きの作品となりました。
「盆栽は、自然と樹と人が織りなす美であり芸術である」と古人は言葉を残しました。
今後、世界の盆栽市場は更なる発展への段階に入るでしょう。
今後 この証明書的なものが、愛好家・コレクター層を増加させる一因となると思います。
木村師は、次代の若き盆景家達の道標でありたいと願っています。


【観音堂で 安らかに 畏友ガルのもとへ】

私がこの雨竹亭を作った時から雨風も一緒に過ごしてきた名犬タロウが 
天国へ旅立ちました。
何も無かったこの土地に子犬で来て、生涯十三年間をこの庭で暮らしました。
2年前に同じく初代名誉会長だった名犬ガルが旅立ち、
大病を患いながらも、人間の様な仕草を見せたタロウ。
番犬としても立派に務めを果たし、この一年は2匹の後輩ゴールデン見守っていました。
獣医先生の所から帰って来て、大好きだったピンクの衣装ケースに入った姿は、
今にも目を覚ましそうで涙が出ます。
ガルと同じように観音堂に眠っているよう!
生涯の友だったガルの眠るとなりに眠らせてあげました。
ありがとう、タロウ。
ガルと天国で好きなだけ走って遊んで下さい。


【ダグラス・ポール邸  名盆栽群!】

ニューヨーク州北部ロチェスターでの講演を前に、
毎年羽生の庭に来て下さるダグラスさんの庭に伺いました。
私は何度も訪れていますが、アメリカ初訪問の白石君 森山君は、
そのコレクションのレベルに圧倒されていました。

現在は自邸の中にある検疫用ハウスで、日本からの盆栽を2年間隔離管理していますが、
以前は来日して根洗いの上 苦労してアメリカに運んでも、
そこから2年間自分の所へは運べない中でコレクションを増やしてこられました。
美しい自然に囲まれたダグラス邸は、まさに盆栽達の楽園です。
私が講演に出かけている間、二人は手入れに取り掛かります。
若い二人が初めてのアメリカを見て感じて・・
いつの間にかそんなことが嬉しい年になってしまいました。


【玄虹会の研修旅行で出会った思い出】

大徳寺「芳春院」を舞台に毎年盆栽水石の奥深い展覧を試みる『玄虹会』の皆さんと、恒例の研修旅行に今年は新潟の旅をしました。

水石協会の理事を務める同地の中川氏が主宰する長岡での「楓石会」。
銘酒「久保田」で有名な朝日酒造の保存建築「松籟亭」での水石展覧は、
会員をして"地方で拝見する最高レベル"と言わしめる内容でした。
近隣の新津にある「中野庭園美術館」は、昭和前期 日本の盆栽界を代表する愛好家 中野忠太郎翁の旧宅。
五葉松名樹「日暮し」がこの庭にあった当時を、
会員の皆さんはタイムトンネルに入った気分で散策されていました。

年に一度の研修旅行ですが、毎回 想い出に残る出会いがあります。


【相変わらずの創作意欲に脱帽!】


施術打ち合わせで半日木村先生の庭にいましたが、
先生の作品は日々制作が続けられています。
銘木の改作・創作の石付盆栽・77歳になる今も衰えることないそのエネルギーに頭が下がります。

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