雨竹 盆栽 水石 便り

盆栽歴44年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”

2019年06月


今年は何年ぶりかの 梅雨らしい6月になりました。
ここ数年は 真夏のような暑さと陽射しで、盆栽の日除けに苦労しましたが、
梅雨の季節には梅雨ならではの情緒があります。
雨竹亭の床間飾りも、潤湿な空気を捉えた設えをしてみました。
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葉の翠を深くするイタヤもみじ。
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掛物には急に降り出した雨の中、家路に急ぐ村人の姿。
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遠くには山里の渓谷に流れる清冽な滝。
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盆栽・掛物・水石・三体がそれぞれに共鳴した 自然界の“あるがまま”を描き出しています。
特に掛物は江戸期の狩野派の名も無き筆ですが、色を見せずに墨のみで描かれていることが、
もみじの葉色・石の肌味を 浮き立たせてくれています。
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『驟雨』俄かに降り出した夕立の様な雨・日本の言葉は、僅かな季節の移ろいの中に登場する景色を上手に捉えた表現が感じられます。
私達盆栽家の飾りも 一瞬の景色を切り取ったような“遊び心”を大切に楽しみたいですね!


【秘技は世界に! 若き中国盆栽技術者の研修】

中国西安に活動の拠点を置いて8年、姉妹店としての「楊凌雨竹亭盆栽有限公司」から
技術研修出向の形で、若き2人が私の羽生本店に来て、1年半が経ちます。
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朝7:30から、夜は作業の多い日中の仕事が終わるのも19~20時。
「3年で出来るだけの管理と手入技術を身につけて故郷に帰り、多くの中国盆栽愛好家の為に、『商売よりも名品盆栽の維持管理』に尽くしたい」
と願う彼等。
日々の生活・盆栽に取り組む姿勢・今の日本では見られなくなった若者の熱意と信念を見ているようです。
今年の2月、彼達にとっての新春である「春節」を前に、
“両親に仕送りをしたい”と私に言ってきて、差し出した金額は1年の給料の半分でした。
こんな彼等に出来ることはないか?そんな気持ちに応えてくれたのが、名匠木村正彦先生でした。
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「森前君が躾けた子達ならいつでもいいよ」と快く彼等を交代での手伝いを許可して下さいました。
“世界の木村の下で 技を磨く”・・夢のような出来事ですが、それが中国へ戻った時の彼達のどれだけの心の支えと誇りになるか、私は唯々見守るばかりです。
心配で用事も無いのに 先生の所へ伺えば、名匠は相変わらず 盆栽と向き合う毎日。
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“この方は盆栽以外の事には何も興味がないんだ”・・天職というものを得た数少ない盆栽家。
あらためての尊敬という言葉を自然に感じました。
がんばれ!ハオ、がんばれ!ツァオ。
秋からは “木村マジック”の本格的な手伝いだぞ!
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【神域に名木集合!】

日本水石協会主催の『奉納盆栽展』が例年通り開催されました。
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理事長である春花園 小林國雄師・蔓青園・そして私の雨竹亭、
三者が協会責任担当として、選出した名樹17点・そこに神宮の盆栽・神域に最奥部『本殿廻廊』を使用しての展覧は、
毎年観ていても、他に比較できるものが無い程の“荘厳”な空気を漂わせてくれます。
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連日12000~15000人の参拝者が訪れる明治神宮。
その7~8割が海外からの観光客。
参拝の後は、多くの方々が 初めて観るホンモノの「日本の盆栽」に感嘆の声をあげ、写真撮影に夢中になっています。
100年の時をかけて、日本人の「真心」が創り上げた『明治の杜』に囲まれた雰囲気は、
私たちも含めて、訪れる全ての人達に、特別な気韻を感じさせてくれます。
来年の同じ頃、ここで神宮100年祭を記念して、参道の杜に初めて100mを超える展示場を仮設し、
前代未聞の盆栽展覧・昭和の名建築『参集殿』すべてを使った100席余りの 水石展覧を挙行します。
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実行委員会の責任者として 今から身の締まる想いです。
やっぱり 明治神宮はいいですね!

 【国風展出品の皐月「大盃」】

梅雨に入る頃、皐月盆栽は百花繚乱の艶やかさを競います。
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普段は松柏類や雑木盆栽・そして水石飾りを設える 雨竹亭の応接室の床間も、
眼を見張る色彩美をみせる皐月名木の飾りとなります。
この樹は、昨年の国風盆栽展に飾られた「大盃」の名樹です。
樹相全体が花々で覆い尽くされて、樹姿そのものすら一切見えないくらいの花姿になっています。
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季節を彩る 独特の美がありますが、花はいっときのもの。
皐月盆栽も、雑木盆栽のそれと同じく樹筋で眺めたいものです。
季節ならではの観賞、真の美を楽しむ観賞。
どちらが良いなど、決めるものではなく、観る人達が 求めるその時の美しさこそが、盆栽趣味の面白さとも言えます。
私も若い頃は、爪先立って “花よりも樹味を楽しむ寒樹こそが最高”などと 思ったものですが、
命の謳歌と言える花期の美しさは、息を呑むものがあり、六十の歳の今は、厳しさの良さは勿論として、
生命の息吹を感じる季節の美も とても有り難いものと捉えています。
そんな事を考えると、人が求める「究極の美」なんて、移ろい易い「人の心」が映し出す幻のようなものなのか?と思うくらいになりました。
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国風展に飾った時の姿と、今の花姿、皆さんはどちらに心惹かれるでしょうか?

【名匠木村正彦先生 改作スタート!】

東北三陸地方から戦前山採りされた 東北真柏の巨木は、抜きん出た3点が平成の時代まで大切に受け継がれました。
その内 残念ながら2点は3.11の大津波などで今はありません。
この樹は、四半世紀以上前に 日本に残された巨木真柏の王である事を聞きつけた、
都内の著名盆栽家の切望によって、長く秘蔵されていました。
蔵者が天寿を全うして、夫人の手でしばらく守られましたが、
8年程前に高齢を理由に放出が決まり、樹の存在を知る僅かなプロ作家達の情報で私の知るところとなり、
お世話になっている現在の福島県の愛好家・舩山先生の下に移されました。
当初より“こんなに大きな樹をどうするんだ?”と、尋ねられましたが、
私は “この樹はいずれ大型盆栽としての大変貌を遂げる”という確信がありました。
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福島の吾妻山の吹き降ろす風を受けて、真柏は健常な生育をみせて、堂々とした樹相を示すに至りました。
“そろそろだ”と思い、舩山先生に「木村先生にお願いしてこの樹を世に問うものにしましょう」
こうお話したのが、4月の毎年の植替え出仕事の折です。
昨年、大徳寺芳春院ご住職・木村先生・舩山先生・を中心にお世話になっているお客様方と中国蘇州の旅をした折、
おふたりは同じ「叙勲者」として意気投合なさっていました。
木村先生も特殊な改作に対して、出仕事で他者の盆栽を出かける事は殆どありません。
事前にお見せした真柏の写真、
「舩山会長のお仕事ならば、お手伝いしますよ!」と快諾頂いた事で、この樹の将来は大きく変わる事になりました!
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木村一門の名手・栃木 藤川氏・太宰府から埼玉に本拠地を移しての森山氏。
この2人を伴っての 作業となりました!
今回は 樹筋を確認して 水吸いに枝を特殊な行程で打ち込む仕事。
まもなく80歳を迎えるとは思えない集中力で、6時間の第1次の改作作業を終えました。
「森前さん、この部分の枝打ち込みでいいかな?」あくまでも依頼した私の頭の中の構想を尊重して下さる姿勢にも頭が下がります。
日差しの為に余分な枝を捌き、鉢植えの枝を保水・固定・をして、「これで1~2年の後には、元枝を全部取り除けます」との先生の弁。
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これだけの大樹・これだけの大物が、僅か3~4年後には、別の樹に姿を変える・・・。
『木村マジック』と世界のプロが感嘆の声を挙げる意味がわかります。
今回を含めて この真柏は、完成までの道程を、月間『近代盆栽』が追跡取材して、世界に発信することになります。
1000年の命を 新たな姿へと発想した私の考えが、盆栽界にとっても、この樹にとっても、正しい選択だった事を心から祈るばかりです。
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補助手伝いとして同行した、私の所の中国研修者・郝君・趙君・にも、
二度と体験できない巨匠の技を目の前で体験する機会なった事も、嬉しいものです。
二人は この秋から、私と木村先生との友情で、1年半という短期ではありますが、
木村先生の所で、その秘技と人間修養の時を得る事になっています。
遠く故郷を離れて、慣れない日本で、朝7時から夜遅くまで、中国盆栽界に技と管理技術のすべてを習得して帰る事に、
自身のすべてをかけている若者に私の出来る事を何でもしてあげたいと思っています。
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