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盆栽歴44年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”

2018年01月


【失われた 古渡盆器の再現・次代への遺産として】

泥物盆栽鉢の頂点・中国江蘇省宜興県の窯場『宝山』に “失われた古渡盆器再現” 
そして これを良心的価格で 日本盆栽界に紹介する活動を開始する為、半年振りに訪れました。
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以前にもコンテナ2台分を羽生に運びましたが、まずはプロ専業者の皆さんに
使用されている胎土や洗練された古渡を踏襲した『宝山』の作品の素晴らしさを伝えようと紹介したところ、
蔓青園さん椎野宝樹園さん達、活躍目覚ましい人達に殆どが売れてしまって、市場に送り出す分がなくなってしまいました。
先達の盆栽界が伝承してきた名器の多くが、海を渡って作られた中国に渡った今こそ、
10年後・20年後 の日本盆栽界の為に『次代の名器』を 日本にもたらすのが、私の仕事だと思うようになりました。
18歳の時、修行先の竹風園で大量の宜興紫砂を親方が誂えて、必死に全国を売りに歩いたことが思い出されます。
私が今紫砂盆器を発注しているのが、当時の宜興紫砂陶磁公司を前身とした会社『宝山』で、
何人か当時のことを知る人がいる事も不思議な縁です。
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18歳で宜興鉢に出会い、38歳で独立して、20年後の今、次代の盆栽鉢をその地で作っている・・・
人生はほんとに不思議な巡り合わせだなあ、と思います。
2月8日からの国風展売店(上野グリーンクラブ2階)のエスキューブの店にもこれらは飾られます。
是非ご覧下さい。
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【実用と失われた古盆を求めて】

数年前から 訪れて、盆栽鉢「広東」の 新しい実用品を模索する中で、出会った人達と 次なる扉への相談に訪れました。
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「華南軒」は、広州1番の骨董街の中でも、盆器の目利きとして名高いオーナーさん。
エスキューブの中国姉妹店「楊凌雨竹亭」社長の宋さんとの旅です。
ここ佛山市は中国で「古鎮」という呼び名で言われる“現地の歴史と文化を残した地区”です。
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久々に伺った華南軒は、相変わらず“何処にこんなに古鉢があるのか?”と思う程の品数でした。
「貴方が来ると聞いたから、一生懸命集めたよ」と、商売上手も相変わらずでした!
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オーナーの好みと私の欲しい物に微妙な差はありますが、日本の盆栽界に持って帰りたいものも多かったです。
丁度、この地に着いた頃、日本の羽生本店から“コンテナが届きました”と連絡。
昨年集めた古作・新作が国風展や植え替えに間に合うように届いたのです。

佛山の骨董街でひと通りの買付を終えて、一時間半の車程で、郊外の山間にある劉さんの窯場に着きました。
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昨年の国風展売店で「均窯袋式楕円」を再現して、話題となった窯です。
「広東の本当の実力を次の時代に残したい」と、30年前教職を捨てて窯の再現に尽くした古窯復活の恩人です。
今回も次にどんな鉢の再現をしようかとの打合せでした。
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“こんな釉薬鉢があったら”と日頃から脳裏に描いているものを劉さんとあれこれ話して来ました。
秋には また “本物の新作”が日本に届くでしょう。

中国との盆栽の商売、圧倒的な資金力と購買力で、夥しい数の盆栽が海を渡っています。
私達 専業者はその恩恵に預かっていますが、“売るだけの仕事”より、
この中国で日本盆栽界の未来の宝を探したり、作ったりして、それを持ち帰れたらと 始めた仕事です。
いつか自分が作った鉢が多くの愛好家の名木に使われるなら、この中国でのストレスも報われると思っています。



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午後から降り始めて、夕方には“ これは積もるぞ ”の感じになりました。
4年前、水石協会が「日本の水石展」を初めて開催したあの日、初日が大雪でした。

今も忘れられません。

今は若いスタッフも4人増えて、2時間に1回の雪おろし、4時間に1回の路面の雪かきも、見守る歳になりました。

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足を滑らしたり、風邪を引いたりしないか? 

盆栽屋の宿命と言える作業ですが、皆んなの安全を願うばかりです。
盆栽は偉いです!

これくらいの雪は ヘッチャラみたいです。

見習いたいですね!
怖いのは、この後の雪が止んだ時が未明となり、朝方の凍結した積もった雪の処理です。
凍って硬くなった雪は、払っても取れません。重さもあり、針金を掛けた樹は、樹形が損なわれてしまいます。

降り続く間が 勝負です!

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【北上市 盆栽家 大町 功氏「桃阳園」】
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岩手県山田町にあった友人大町功氏が東北大震災で家も盆栽もすべてを失って7年になります。
あの日の2日前、私の羽生に来ていた彼。
「このところ地震が多いから嫌だね」と会話して別れた後の悲劇。
三世代のご家族が無事だった事にかえるものはないのは当然ですが、
ご父君が現地で真柏の山採りに生涯をかけたことを思えば、同じ盆栽家として慰める言葉もありませんでした。
「頑張れ!」とエールを送るばかりで、正直 新しく新設したという北上まで出向く勇気がありませんでした。
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一面銀世界の現地で温かく迎えてくれたご家族、庭は雪除けで盆栽は全部温室内でしたが、
設備も盆栽も“よくここまで”と、全体の再興具合に感心するばかりでした。
「昔、山採りしてお世話した樹を少しずつ譲って貰って」と父君の弁。
当の大町氏は、殆どがお客様の手入れで忙しそう。
本当に良かった。来て良かった。
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【1億円「天帝の松」も 故郷で冬眠中です!】

年末から雪の多い 福島県舩山邸に12日 伺いました。
前日が最低気温を更新する寒さだったとタクシーの運転手さんも言っていました。
舩山会長の邸内も雪景色!
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数々の名木達も真っ白な雪の帽子を被って静かに眠っていました。
新緑風展のメインポスターに載せる作品(勿論 今回の出展樹)を お願いに行きましたが、
会長歓談の刻を過ごして、決めるのを忘れてしまいました。
舩山会長曰く「アンタがよく考えてやればいい」と、いつもの調子。
大観展に出品した五葉松「天帝の松」を飾ることを主催側は希望されていましたが、
会長が「去年は世界大会・大観展と、コイツは出稼ぎしてたから、しばらくはここでゆっくりさせてあげたい」
・・会長らしい!
その通りだと思い、日本盆栽協同組合・大嶋理事長に現場から連絡して、他の作品でも良いとの 許可を貰いました。
さて、雪解けの頃には、東京への“出稼ぎ”の盆栽を誰にするか?会長と決めます。
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