羽生雨竹亭・秋の恒例企画『秋の観賞会』も終了し、庭内の整理や盆栽達の仕上げ仕事に追われる日々が続いています。
先日、細身ながら 山採りの枯淡の味わい見事な真柏を、長野県須坂市にある井浦勝樹園氏より譲り受けました。
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真柏の舎利仕上げでは、国内指折りの彼、さすがの舎利芸です。
私は 新しい樹が入るとしばらくの間、なるべく何気なく棚で見ているようにしています。
“この樹の直す所はないか?もっと良い捉え方はないか?自問自答の気持ちで、樹に向き合っています。
私達盆栽家は、ともすれば「これはこうしよう!」と即座に作り変える事がありますが、私はそんなに器用ではありません。
朝夕・日々・己の心が変化する中で、安直に答えを出さず、その樹が生きてきた年月を考えれば、他愛も無い僅かの刻を大切に見つめます。
中には10年以上育て作りながら、ある時 “あっこの樹はこの捉え方があったんだ”と、思いがまとまる時があります。
何度もその経験をした私は、自分の樹を観る心がしっかりとなった時にこそ、樹に向かい合うことにしています。
この真柏も、井浦氏が丹精を込めた樹で、何も悪い所は無いのです。
しかし、どうも枝が重い。
何故だろうと毎日眺めている間に、“そうか!枝を大切にしすぎているんだ!真柏の厳しさと幹芸が弱いんだ”と思いました。
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「差枝を切る」普通は 考えぬことですが、真柏に大切なのは、
「細身でありながらも、凝視すれば どれ程の厳しい刻を生き抜いてきたか」
が表現されていることだと思います。
ゴツ過ぎる鉢合せと共に、樹相の捉え直しを行いました。
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更に、盆栽は 棚で鑑賞することは、その素晴らしさの半分です。
庭で眺めるだけなら庭木と変わりません。季節や景色、遠く心の中に浮かぶ世界が、
部屋の中に持ち込めて、それが思うままの時に替えられるから素晴らしいのです。
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卓を合せ、「自在天」の書。
この書は 150年前、武家社会の身分封建制度から、万民平等の時代を作り上げた、明治維新の元勲 天信翁の書です。
翁は維新という革命を天皇と共に成しながら、一切の栄誉を拒み 新社会成立後は、文人として生涯を送った私が尊敬する人物です。
添えと言われる「点景」には、銅製の観音像を配しました。
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真柏は、人と共にある世界観の樹ではありません。
自然界を超越した神秘すら宿しています。
神仙の住む世界観に相応しい点景として、仏の姿を取り合わせました。
盆栽は、どの様な樹にも、その樹が持つ世界観があります。
草木ひとつに宿る生命、その命が描く「心の中の自然」これを表現することこそが、盆栽趣味の醍醐味だと思います。


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