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盆栽歴45年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”

【200年前の五葉松盆栽が8mの巨木に!】

四国高松市の鬼無国分寺に“将来の名木”となる原木を探しに出向いた折、初めて国の特別名勝となっている「栗林公園」に見学に訪れました。

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十数年、盆栽の仕入れで来ている高松ですが、いつも時間のすべてを盆栽探索に費やすため、この地の素晴らしい景色を堪能する機会がありませんでした。

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同行した中国から3年の研修で羽生に来ているハオ君ツァオ君は、初めての四国。
残り少ない日本での時間。
当然この高松も最初で最後です。
こんな時でないと、私も見事な公園を拝見する時間が取れないので、半日ゆっくりと300年を超える築庭を愉しみました。

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中でも、やっぱり盆栽業!
他では絶対見られないと教えて頂いていた黒松の大樹「鶴亀の松」と、将軍家拝領の「根上りの五葉松」は、感動の一言でした。

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「鶴亀の松」は、圧巻の幹太さ!
うねるような幹模様!
そしてまさに“ザ!ボンサイ”と言える樹姿!!!。無粋な商人根性で見てしまうと(中国の盆栽家の方々は、数億円でも欲しがるだようなあ)など、不謹慎極まりないことを思ってしまう自分に喝!!

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「根上りの五葉松」は、天保4年(1833年)9代高松藩主が、徳川家11代将軍・徳川家斉から贈呈された““盆栽の松““と記録されていることにビックリ!
係員の方に伺うと、根は黒松、樹は五葉松。
つまり「接木五葉」、盆栽の時も将軍から親藩の藩主への贈物だったから、50〜100年は経っていたものでしょう。
多分、樹齢250年~300年、盆栽が歴史の中で長く命を繋いでいたなんて、本当に嬉しかったです。
私達も、拙くても、100年の後にも残る盆栽を手掛けたい!と願うひとときでした。


高松鬼無方面で、以前に買い付けた盆栽の積込があり、トラック1人のスタッフの応援で、
ハオ君ツァオ君が夏休み返上で手伝ってくれました(八月のお盆は社員が連休するので早めの休み) 
3年の研修も今年が最後の年。
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交代で木村正彦先生の所に、技術を身につける為行っていますが、先生にも了解してもらって、最初で最後の高松への旅に同行してもらいました。
鬼無にある山の斜面や畑を使った素材作り、彼らには初めて見る光景ばかり。
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中国に帰って愛好家の皆さんの手入れをする事は勿論ですが、
将来の為に若い素材からコツコツと作る現場を、その目で見ることは、心の記憶になったと思います。
特に北谷養盛園の“隠し畑”は、約1000本の五葉松が整然と並ぶ、それ自体が絵になる圧巻の美しさでした。
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神高松寿園・中西珍松園・そして“鬼無の総本家”と言われる桃太郎さんこと、神高本家。
そこで見るすべてが、2人の心に刻まれる感動になったようです。
高松はいいですね!山あり海あり、盆栽あり!

【お手伝いの草むしり!】

着々と進んでいる大徳寺芳春院の盆栽庭園工事。
庭内の展示場・手入小屋、まもなく屋根部分も仕上り、建具部分に入ります。
庭園は建て方が終わってから、その現場での目線を考えてご住職とお話しして進めるつもりですが、
盛土にしてある所全体に草が生い茂ったので、先日雨の中、3人のスタッフを連れて「草むしりに京都」!
ヘ行ってまいりました。
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刈ってしまうとすぐに根から生えてくるので、合羽を着てすべて手で根から引き抜きました。
ここが将来盆栽界の文化的象徴となってくれる事を願いながら、膝をついて500坪の敷地をみんなで綺麗にむしりました。
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盆明けには、いよいよ庭園に入ります。
ご住職に基本的な禅林らしい庭園を想定していただき、そこに盆栽を飾りやすい設計を加えるつもりです。
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15歳の時、禅僧になりたかった小僧が、盆栽の道を選び、沢山の方々に扶けられ、導かれて、
いつのまにか大徳寺に盆栽庭園を設けるお手伝いをすることになりました。
年でしょうか?
どうしようもない私、ここに辿り着くために歩んで来たようにも思えます。
そんな気持ちで、一日ここの地に膝をついてここに生える草と共にいた事、有難いと思います。

写真に見える土塀は、豊臣秀吉が織田信長の一周忌に大法要を営んだ、寺内「総見院」の北側の土塀で、最近塗り直しをしましたが、創建当時のものです。
盆栽庭園の借景となる壁が、500年の歴史ある塀!
有難いです!

【コロナなんか疫病退散!】

東京を中心に、終息の見えない新型コロナウィルスの災禍。
鬱陶しい梅雨と豪雨による各地の痛々しい災害。
みんなの心が塞ぐような事ばかりの中、日本の文化と言える「祇園祭り」が58年ぶりの中止になった事は、
この祭りが平安時代の869年、疫病退散を祈願して全国の当時の国数66に因んで、
66基の神輿を祇園社(今の八坂神社)から市中に出した「祇園御霊会」に始まりを記している事からも、是非敢行して欲しかったです。

毎年、この季節には雨竹亭も、1年間育て作った「姫孟宗竹」を飾った「祇園御霊会」を席中に設えます。
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姫孟宗竹は、飾る前に席中の流れを見極め(床が左流れ)無駄なものを思い切って切り取ります。
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掛物は幕末から明治に活躍した、日比野一圭の筆による「長刀鉾」の図。
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祇園祭りの前祭(17日)は23基、後祭(24日)は11基の山鉾が繰り出しますが、その中でも「長刀鉾」は、天に向かって“邪を祓う”とされます。
私も今年は24日の後祭の日まで、この長刀鉾を飾って1日も早いコロナの終息を祈ろうと思います。

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追伸
前回のブログと今回の席飾りの脇飾りに使った、故根岸先生の「塔」ですが、
非力浅学な私は「五重塔」としましたが、拙文をご覧頂く読者様から、
「これは薬師寺の三重塔のスタイル」とご教授を頂きました。
盆栽水石以外の事、知っているようで無知な事多く、こうして私のブログを見て下さる方々から、いろんな事を教えて頂く事、
61歳ですが、まだまだ勉強しないといけない事ばかり!
ありがとうございました😊
皆さんも是非いつでもメッセージ下さい!


私が羽生の地にこの雨竹亭を構える時、土地の選定から慣れない現地での始動に親身になって下さった根岸庄一郎先生。
83歳で今春天寿を全うされました。
15歳で栃木で修行を始めた頃からのお付き合い。数えれば46年の刻を共にさせて頂きました。
盆栽を藤樹園、浜野元介翁の薫陶を亨け、片山一雨先生の“飾り”を高弟として究められた根岸先生は、
盆栽水石の探究愛好会『玄虹会』の発足メンバー。
数多くの席飾りを共に修練し、時には先生のご立派な邸宅の座敷を拝借して、
仲間の皆さんと蹇々諤々の歓談を繰り広げもしました。
12日は先生の83歳の誕生日。
玄虹会の皆さんで私の庭の観音堂に集って、
大徳寺塔頭の芳春院ご住職を京都からお招きして、趣味の仲間での供養をする予定です。
応接室に根岸先生の肩身の水石・水盤・掛物・点景・を設えました。
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瀬田川の梨地石・水府散人旧蔵の白交趾楕円水盤
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小早川秋聲筆「名月図」
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脇には根岸先生自作!の五重の塔。
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飾りの中に人生観まで見つめた先生の精神を少しでも次代に伝えてゆきたいと思います。   合掌

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