雨竹 盆栽 水石 便り

盆栽歴42年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”

【150年の五葉松根連り】

朝夕の秋風が身心ともにありがたい季節になりました。
ニューヨーク・ワシントンの講演旅行に 出かける前に、
雨竹亭の応接床の間に、先日 木村正彦先生に整姿針金施術をお願いした、
樹齢150年を超える五葉松の根連りを飾ってみました。

叢雲を抱く澄み切った秋夜の空に煌々と明けき姿を見せる名月。

遠くを仰げば、峻険な山々が刻の流れを嘲笑うように、凛然と山容を見せています。

五葉松の各幹は、それぞれに揺れ立ちながら、ひとつの大きな景色を描き、
まさに"松風を聴く"と言う言葉を一席に現出出来たかと思います。

名僧の残された詩を思い出します
「月落ちて 露光冷やかなり 松根 羅屋を照らす」
本格的な盆栽飾りを楽しむ頃となりました!


【将軍 德川慶喜の黒松・羽生から京都へ】

幕末から明治維新への大転換の出来事となった幕府から朝廷への大政奉還。
この舞台となった二条城で、奉還150年を記念して盆栽展が開催されました。
最後の武家政権の将軍であった德川慶喜公が旧蔵していた盆栽を
私が10年以上所蔵していた事で、これの中心的展示を設計段階から依頼されました。
世界遺産・国の重要文化財である二条城での盆栽展示は、
日本盆栽界でも初めてのこと。
当時の日本の実質的帝王の盆栽を、京都における武家の象徴と言える城に飾る。
頭の中に浮かんだのは「覇王としての威厳」を感じさせる
「黒縁に金屏風」でした。

文化財の中にこの仕様をするのは大変でしたが、
関係者の皆さんの理解と協力で設計どおりのものが出来上がりました。
国風賞受賞木を含めて約80点の選び抜かれた名樹達。
その中央に君臨する德川将軍家旧蔵の黒松「鎧掛けの松」。
150年ぶりに将軍の城へ戻った将軍の松。
その瞬間と関わることが出来たこと、
私の盆栽人生にまたひとつの思い出が増えました。


【玄虹会の研修旅行で出会った思い出】

大徳寺「芳春院」を舞台に毎年盆栽水石の奥深い展覧を試みる『玄虹会』の皆さんと、恒例の研修旅行に今年は新潟の旅をしました。

水石協会の理事を務める同地の中川氏が主宰する長岡での「楓石会」。
銘酒「久保田」で有名な朝日酒造の保存建築「松籟亭」での水石展覧は、
会員をして"地方で拝見する最高レベル"と言わしめる内容でした。
近隣の新津にある「中野庭園美術館」は、昭和前期 日本の盆栽界を代表する愛好家 中野忠太郎翁の旧宅。
五葉松名樹「日暮し」がこの庭にあった当時を、
会員の皆さんはタイムトンネルに入った気分で散策されていました。

年に一度の研修旅行ですが、毎回 想い出に残る出会いがあります。


【初の盆栽 出品!セレブの中で注目される盆栽達】

先日、北京クリスティーズ本社 迎賓展示館にて、同社初の盆栽出品が行われ、
香港クリスティーズが中心となって、上位顧客のみを対象にしたプレビュー晩餐会が開催されました。

主催者よりの依頼により、盆栽の実演を含めた講演をさせて頂きました。
助手は木村正彦先生のお弟子さん森山義彦くんと私の弟子白石友也君。

中国でも盆栽がオークションハウスに登場して久しいですが、
世界のオークションハウスとして最古の歴史と品格を持つクリスティーズが、
欧州本部との意思で、今回の開催に同意された事は、
将来の世界の盆栽界にとって、大きな一歩となったと喜んでいます。

美術品と同じ市場環境に盆栽が位置付けられる時代、
私達プロもそれに相応しい鑑識眼・正当性を認識しなければなりません。
時代は着実に変化しています。


【1000本の盆栽  在庫整理と管理指導】

3日間の予定で中国西安地区「楊凌・ヤンリン」にあるエスキューブの盆栽培養場の総在庫整理に来ました。
7年間に少しずつ運んだ盆栽も、大型銘木から小品盆栽まで約1000本!

中には輸送のストレスや、環境の違いで劣化したものもあり、
"命ある限り盆栽として再生の努力をする"ことを現地の若きスタッフに伝えたくて、出来るだけの指導をしました。

振り返れば、7年前、
誰にも無理だと言われた日本からの盆栽輸送をこの地で実現させて、私の中国は始まりました。
日本の盆栽をこの国で販売するだけが私の仕事ではありません。
ここからこの楊凌で、貧しい農村の人達と、
盆栽の苗木や安価な都会向けの小品盆栽を作る一大生産地にすることこそが、本当の仕事の様な気がします。
それには、一生懸命 販売もして、その利益をこの地に注いで、
自分が老人になった時でもいいから
「昔、この地に盆栽の生産事業をもたらした日本の盆栽家がいた」
と言ってもらえるのが、私のささやかな夢かもしれません。

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