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盆栽歴45年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”

【作風に求める盆栽への希求】

大徳寺で行われた『慶雲庵・大徳寺特別展』で、30年来の交流深い鈴木伸二氏と長い刻を共にする機会となりました。
お互いに、財団の大切な盆栽を預かる中、ここに選抜群を飾る事になり、庭内で日々盆栽達を見ている内に、思うものがありました。


鈴木伸二氏が手掛けて管理されている盆栽達は、樹の培養状態、完璧と言える程の枝先まで手入れの行届いた姿、技術的にも私より遥かに優れていると思います。

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方や、私が手掛ける樹達は、私の「盆栽観」と言うものを反映してか、時間と鋏で自然に仕上げてゆく感じで、互いの作風的な違いを感じます。

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お互いに歩いて来た道のりこそ違っても、四十数年、盆栽を人生の隣において来た道。
樹も共に生きる人によって、顕す表情が違うものなのだと痛感しました。


ただ、還暦を過ぎてこれからこの大徳寺と言う、歴史ある名刹の中に、盆栽庭園を預かる事になった身として感じるのは、
“これが1番正しい盆栽だ“と言うようなものは無いんだ!と思うことです。
絵画や音楽の世界でも、様々なジャンルがあります。ダビンチのようなルネサンスの世界、
琳派のジャパンモダンの美、ピカソに代表されるキュービズムや抽象的な美、
音楽もクラッシックから流行歌謡、アニメソング、世界に氾濫する“感性“と言う美意識は、人によって異なります。
盆栽も同じく、小品盆栽の愛らしさから、山採り大型古木の美まで、そのすべてが盆栽美です。
松柏・雑木・花物・皐月・山野草・その中にも、私と鈴木伸二氏の違いのように、微妙な捉え方の個性があります。

40代の血気盛んな頃は、“盆栽はこうでなければダメだ“と言うような自身の頑なな想いもありました。
しかし今、1番大切に思うのは、“何が良いかではなく、これはこの捉え方で見てほしい“と言う、すべてに通ずる“美への道案内“です。
人の一生が描ける世界観など、たかが知れています。
それよりも、多種多様な眼で捉えた美意識の在り方を、
そこにある素晴らしさに対して紹介することが、私の役目のような気がします。


鈴木伸二氏と神韻響くこの名刹の中で、毎日名樹達と過ごすうちに、捉え方など小さな事だなあ、とつくづく感じるのです。

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答えなど、きっと命尽きるまで出ないと思います。
それを追い求める事が大切なのだと思うのです。
そして、その後ろ姿を見て、また誰かが歩いてくれるだろうと思っています。

鈴木伸二氏・私・この先も自分の道を歩き続けるでしょう。
同じでないから良いのかも知れません。
お互いに自分に無いものを持つ友人がいる事こそが、有り難いと思える年になってしまいました。


【京都財団・慶雲庵・大徳寺特別展】

大観展で開催を企画していた日本樹鉢界の至宝「東福寺」の大回顧展を、
大徳寺芳春院様のご好意で、隣接する塔頭「龍泉庵」本堂をお借りして展覧しました。

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財団が長年蒐集した東福寺の名品から、百有余点を精選して、一堂に陳列しました。
緑釉を中心に、東福寺の作域の広さと歴史を振り返る品々、
中には“とうに日本から流出しているのだろう“と思われていた唯一無二の“鯰の東福寺“の真作や、名器“御所車“など、
コレクターの方々には、図録でしか見る機会のなかった作品が、集合しています。

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初の財団単独展として開催された本展は、同所の庭園に繰り広げられた名樹の数々と共に、

この本堂に、財団の象徴として、継承前の財団創設者、高木禮二先生が愛して本人が初の国風賞を得た五葉松「寿」、
そして世界に日本の盆栽を広め、WBFF(世界盆栽友好連盟)の副会長として、世界を旅して生涯盆栽文化の普及と交流に尽くされた、
岩崎大蔵先生の遺愛樹、真柏「羽衣」を、首座に据えて開かれました。

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本来、塔頭の本堂として、開祖様、陽峰老師の木造を安置されるここを、
本展の為に快くお貸し下さった、芳春院ご住職・秋吉則州師(大徳寺宗務総長)には、お礼の言葉もありません。
海外にまで散逸が続く、東福寺をはじめとする盆栽界の遺産群。


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財団は「私を捨てて斯界の将来の為の保護公開」を主意としています。
美術館設立委員会の室長を預かる身として、多くの皆さんのご協力をお願いします。



2年間の工事期間の末、京都大徳寺内「芳春院」に盆栽庭園が完成しました。

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コロナの影響で、正式な開園は来年の3月になりますが、大観展も中止となった今秋、
京都国際文化振興財団『慶雲庵』の特別展を、この場所で開催することになり、名樹の数々が、初めて大徳寺の中に運び込まれました。

落葉の季節、毎朝7時には庭の掃除に始まり、参観の方々をお迎えする9時半までに、水打ちを済ませて開門。
今はエスキューブスタッフ・近代出版・鈴木伸二さん・の“連合艦隊“で守っていますが、春からは私と専任スタッフの渡辺君の2人!
“掃除の毎日“が待っています!

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芳春院のご住職に「この地に盆栽庭園を造ろうと思うが、一緒にやらないか?」のお声を頂き、
幾度も“分不相応“としてご辞退した時を思い出します。
私の代で終わらず、50年・100年・と続くなら、とお引き受けしましたが、
今でも私で良かったのだろうか?と、ここからの“この庭と盆栽を守る“責任の重さを痛感しています。

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それでも、大徳寺は異次元の場所でした。
寺内に住み暮らして10日ほどになりますが、日が暮れると、各所の塔頭や修行道場から聞こえて来る読経の音。
朝は薄暗い夜明けの頃には、大徳寺全体が静かに動き始めます。
もう一度、十代の修行の頃に戻った気持ちで、ここを守ろうと思います。
まずは、この財団『慶雲庵特別展』を無事に進める事に専念します。


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分不相応な夢。
2年前に大徳寺芳春院のご住職より頂いた「盆栽庭園」の構想。
再三のご辞退願いの末に、私淑するご住職の想いを受け止めて、
自分の人生設計(元々たいしたものではなかったのですが)を変えて臨んだ庭園進行。
コロナの影響で、正式な開園を来春の3月にした中、ご縁ある京都盆栽財団の「慶雲庵」田中理事長と
お世話になって来た『月刊・近代盆栽』の徳尾会長のお話で、
11月28日〜12月6日まで、財団初の単独展に庭園をご利用頂くことになりました。


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21日に京都入りして、とにかく掃除掃除の毎日!
24日より、財団所有の盆栽達が、長野鈴木伸二さん・エスキューブ・より続々と庭に運び込まれ、
目の回る忙しさの中、ようやく準備完了となりました。

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何も無かった150年間未使用の地、庭園前が秀吉が信長の一周忌を執り行った・総見院、斜め前が、千利休を筆頭とする茶道千家の菩提寺・聚光院、
そして後ろがこの盆栽庭園の所有者である芳春院の加賀前田家の墓所。
ここに盆栽庭園が出来るなんて、当の私ですら今も“夢の中か?“と思うくらいです。


21日以来、ホテルには泊まらず、日々をこの名刹の中で暮らしています。
深夜、庭に佇めば、蹲に落ちる一滴の水音までが、はっきりと聞こえる静寂。
月明かりの下に仄かに見える盆栽達。

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これからここを舞台に私に何が出来るものか?見当もつきません。
ひとつだけ言えることは、46年前、15才の時、世間から離れた山奥の禅寺で修行僧になる事に憧れた小僧が、
紆余曲折の人生の末、多くの人々に導かれて、日本の禅林を代表する地に、盆栽庭園を預かる事になったと言うことです。
不思議な想いですが、私はここに辿り着く為に今まで生かされて来たのかもしれません。
そして、これからも多くの出会いを頂きながら、人生の修行をさせて頂くのだと思います。
間もなく禅林文化の中に、初めて盆栽が根付きます。
もう一度、10代のあの頃に心を戻して、修行の始まりです。



明日から長留守の京都行き。
展覧会の事や、大徳寺に対する礼儀など、無学な私には神経衰弱になりそうな毎日です💦

こんな時は、本来の自分に戻って、樹作りの時間を作る事が1番です。
木村先生門下・森山義彦君、私の所の卒業生(もう一人前の盆栽業者ですが)白石友也君、
そして3年の修行を終えて間もなく故郷中国へ帰るハオ君とツァオ君。
4人の力を借りて、四国から運んだ大阪松(宮島五葉松)の幹曲げ、枝曲げを伴う改作を行いました。

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素材の激減する中、若いみんなには、こんなそのままでは誰も見てくれない樹が、“本筋“に変貌してゆく姿を体現してもらいたかったのです。


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名匠木村正彦先生よりの鉄棒やジャッキを使った、樹の限界との挑戦のような仕事!


すぐには人前に飾れるものでは無いけれど、数年の刻をかければ、鉄棒も外れて、“これがあの時の樹?“と言うようになってくれると思います。

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やっぱり、樹と一緒に過ごしている時間は、何よりも楽しいですね♪

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