雨竹 盆栽 水石 便り

盆栽歴45年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”


1998年5月39歳の春、明治以来初の盆栽店を銀座に開いて、経営を替えながら23年目の今、
4月1日よりしばらくの間の臨時休業に入ります。
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徒手空拳で初めて、どんな時も銀座の盆栽屋としての扉を開け続けた店。
コロナウィルスの感染予防の一環として銀座名店会の一員として断腸の決断をしました。
東京の災禍がどれくらいで終息するのかわかりませんが、・・ツライです。
家賃100万を超える店を閉め続けなければならないと言う辛さと、
たとえどんなに小さな商いでも、盆栽に興味を持ってくださる人達の「窓」であり続けようと思った店。
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しばらくの間、お客様の応対は羽生本店「雨竹亭」となりますが、
こんな時こそ、自然に触れ合い、空気の澄んだ盆栽庭園で災禍に疲れた心と身体を癒して頂ければと願っています。
歩いて数歩で通り過ぎてしまう店。
それでも人生の3分の一を費やした店。
盆栽達が寒い冬を乗り切って芽生える季節を迎えるように、
一日も早く元通りの銀座、華やいだ街で、いつものとおり「盆栽はお好きですか?」の声をかけたいです。


ソメイヨシノの桜が満開になる季節、春爛漫のうららかな風情を楽しむのが普通の皆さんですが、
盆栽業を半世紀近くしていると、この季節の風や空気を感じると、“植替えだ!”と待ち受ける仕事の量に身震いする気持ちになります。
今年はコロナウィルスと言う、経験のした事もない中、最低限のお得意様への「出仕事」以外は、庭内にいる事が多く、
毎年“ああ、この樹も植替えしたかった!”と、自分の庭の樹の植替えが出来ない事が多かった事を取り返すつもりで、
連日手入れ小屋に入ってスタッフと悪戦苦闘しています。
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切込みや針金掛けなど、ある程度の季節の融通が効くものと違い、植替えは樹種によって期間が決まっています。
それに間に合うように、“あの樹は先に、この樹は鉢を替えて”と、果てしない“行”を続ける気持ちで挑んでいます。
使う用土にしても、樹種・若い樹・老木・弱っている樹・大型・中型・小品等々、少しずつ土の配合が皆違います。
とにかく一番頭を痛めるのが「鉢合わせ」です。これでも常時1000~2000点の鉢は用意しているのですが、
それでも中々ピッタリとこないものもあり、商売で手放してしまった鉢に後悔する事もしばしば。
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でも、ウィルス災禍で気が病む日常、広い庭内で一心に盆栽と向き合って手入れに集中していると、何故か気持ちがスッキリします。
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ある時、高名な禅の老師に言われた事を思い出します。
「悟りを開くなど、誰も出来るわけではないが、座禅をすると同じように自分のなすべき事を一心不乱に集中すると、それは禅で求める境地に似たものが得られるよ。
動かぬ座禅に対して、これを“動禅”つまり何も迷うもの無く物事をし続ける事、一般社会の方々のなされる当たり前の姿は、我々禅僧が辿り着く境地に近いのだよ」
私はこんな高邁な意識には程遠いのですが、盆栽手入れに打ち込んでいる時、ほんの少しこれに似た気持ちがあるのかなと感じます。
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皆さんもご自分の大好きな事にひたすら打ち込んでみることも、今の閉塞感から脱皮出来るかも!是非試してみて下さい!
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【脇飾りで様々な景色を!】

コロナウィルスの影響で、自宅に籠りがちな今年の花見。
盆栽飾りでいろいろなロケーションを楽しめます!
主木の枝垂れ桜は、珍しい“一重咲”の枝垂れ性の富士桜。
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咲き始めは白っぽい花色ですが、徐々に紅色を帯びてきます。
そのコントラストも美しく、気品ある花型と色、何よりも「儚い美」の結晶と言えます。
初めは京都清水焼の人形と。
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十二単の姫が桜の樹の下にいる姿は、絵になります。
人形の名は「紫の上」つまり紫式部を表しています。
『源氏物語』の絵巻の中のようです。

次は木彫の農家風との合わせ。
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山里のくず屋の脇に咲く枝垂れ桜の風情。
温かい陽射しを感じます。

3番目は「旅の老爺」本当は芭蕉の像ですが、旅僧に見たてています。
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鎌倉時代の有名な僧・西行が詠んだ名句、
「願わくば 花の下にて春死なん そのきさらぎの望月のころ」
は、桜を題にした日本人の死生観を歌った言葉として今も共感の多いものです。

ひとつの枝垂れ桜の盆栽、これだけを愛でて楽しむのも良いですが、
このように添えの道具とそこに見える日本の情緒で、目の前の景色は、果てしなく広がります。
これも盆栽趣味の醍醐味ではないでしょうか。


展覧会と言えば、盆栽の素晴らしさ・水石の神韻・をそれぞれに楽しむものが普通となっていますが、
日本の盆栽水石界は、明治の夜明けから戦後まで「座敷飾り」を主体とした“連席”による構成がほとんどでした。
ひとつの名品がみせる風趣や格調、これが続いて設える事で奏でる“もうひとつの深さ“を観者が“読み取り”
そこに現出した自然観・精神美・を、合わせて楽しみ語り合う事を至上としました。
この考え方を現代に踏襲して次代に日本の盆栽水石趣味の真骨頂を伝え残そうと努めているのが、数寄者の同行会「玄虹会」です。
3月の初旬に開催された第12回展、名刹・京都臨済宗大徳寺派総本山の最大塔頭『芳春院』での展示で印象深かった席をご紹介します。
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本堂に飾られた水石と真柏。
寂味の見事な真柏は、盆栽家としてプロを志す者ならば誰もが一度は現物を観たいと願う名樹「かりゆし」
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糸魚川真柏の座敷飾りに合う逸樹として昭和から平成まで「本物の真柏盆栽の極み」と謳われたものです。
現在、真柏盆栽を展示に飾る場合、針金整姿を施し、舎利を磨き化粧塗りをして、水吸いもきれいにする。
そんな事を嫌うようにこの樹は人と自然と“刻”が紡いだ姿を何よりも自然に大切にされているのです。
本来、真柏美は、人智の届かない厳しい自然観が内包されている事を第一としていますが、
近年は造形的な“綺麗さ”が重視され、本来そこに現する神韻や“畏れ”にも似た『美しさ』が忘れられがちです。
「綺麗と美しい」は、微妙に違うのです。
この真柏「かりゆし」を右に中の手は、打水を施した渓谷美をみせる八瀬巣立真黒の雅石。
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名高い旧岩崎財閥(三菱グループ)の総帥・岩崎小弥太の旧蔵石です。
合わせられた水盤は、中国清代に作られた白交趾『珠佩』の名器。
そして左には佐治川の堂々たる泰山を思わせる山形石。
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これは日立製作所創業者、久原房之助翁が愛したもの。
それぞれに日本の宝と言える文物ですが、これを威を張るわけでもなく、飾りの中に溶け込むように設える・・
この“使い切る”事こそが、趣味家としての醍醐味と言えるのです。
真柏が示す自然観と命、連綿と続く景色としての渓谷、遙か向うに仰ぐ山姿。
時代が変わろうと人の在り方に変化があろうと、何も変わらない自然の有り様。
3点の美が共鳴し合って響く連席の韻。
盆栽水石の深い楽しみの参考にして頂ければと思います。

【80歳の作家意欲に脱帽!】

国風展の時、わざわざ私のような者と会う為に上京して下さった「樹鉢界の至宝」中野行山先生。
“必ずお伺いします”と言う約束を果たす意味もあり、四半世紀ぶりに日本盆栽鉢の聖地、常滑を旅しました。

行山先生のご自宅兼工房を訪れて、まずびっくりしたのが、蔵されているご自身の作品の多さでした!
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所狭しと室内に陳列された鉢・鉢・鉢。
パッと見ても約1000点!
更に感心したのが、工房に隣接する中庭の盆栽棚、数十点の盆栽はすべて行山先生の鉢に納められていました!
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私が鉢造りに対しての思いがある事をご存知の先生とは、形姿・焼成法・歴史など、汲めども尽きぬ時間を頂きました。
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初めての訪問にもかかわらず、大切な工房から窯場までご案内下さり、
80歳の今も“森前さんはどう思いますか?”と、飽くなき探究の姿勢に感服するばかりでした。

常滑の街は、若い陶芸家の方々が、新しい焼物の街として色々な挑戦をされているのが窺えましたが、
盆栽鉢の作家の皆さんは、けして豊かな“今”を送られているわけではない事も実感しました。
昔訪れた時には、多くの窯の煙突が勢いよく煙をあげていましたが、環境問題もあり、古い窯はまるでヨーロッパの古城の廃墟のようになっていました。
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私達、盆栽業界に生きる者が、もっと作家達の卓抜な鉢造りの技術の継承にも目を向けていかなければいけないと痛感しました。
名工『誠山』『山秋』は今はいません。
行山先生のように老成された作家も少なく、幸いにも誠山窯を継いだ、釉薬鉢の名手『黎鳳』で名高い片岡黎鳳先生の窯に伺い、
洗練された作品群に触れた事を土産に“もう一度、もっとどうすれば手伝えるか?”を考えて、この街に来ようと思います。
立ち並ぶ窯煙突が消え去らないように。
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