雨竹 盆栽 水石 便り

盆栽歴44年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”

【充実したギャラリーの盆栽群!】

1年ぶりに エスキューブ雨竹亭の提携公司「楊凌雨竹亭園芸公司」が経営する西安ギャラリーに訪れました。
何年もかけて政府の許可を得て中国へ運んだ盆栽達は、
このシルクロードの玄関である 遠い昔の大唐國の都「長安・現在の西安」で、健やかな日々を過ごしていました。
高騰を続ける中国盆栽市場は、高額品の名木を求める富裕層から平和でささやかな“豊かさ”を謳歌する中間層へと移行して、
日本円で5~15万円のものが 需要に追いつけない状態になっています。
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西安のギャラリーは、本来の日本の盆栽をご覧に入れて 理解して頂くためのステージです。
今回 このギャラリーで大切にしていた 五葉松の大樹が、劣化して本来の姿を残さない程の状態になりました。
現地スタッフは 「ダメになった」と心を痛めるに留まっていましたが、
私は同行させた小林と、この楊凌から研修に来日して大変な日々の努力をしている2人の若者で、樹の新たな姿を求めて改作に挑みました!
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伝えたかったのは、ひとつの形ある命が、ひとつの時代の姿を終えても、
“生きている”というなによりも大切な事にもう一度目を向けて、残された樹の可能性によって、新しい盆栽としての姿が描き出せるか?
自身の今までの経験と感覚で、蘇らせてあげることです!
たとえそれが今までの価値観と違うものであれ、盆栽としての命を繋ぎ、時代に数百年の命宿る樹を遺し伝えることなのです。
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枯れた枝や幹を剥きながら削りながら、「頑張れ!新しい君となれ!」と願って作業しました。
今回出来る作業には季節としての限界もあるので、次なる姿の基本を創り上げるに留まります。
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秋冬に各枝捌きを加えて、春にはその姿に合う鉢合わせをして初めて生まれ変わるのです。
この道程も 盆栽として素晴らしいと私は思っています。
まるで人の人生の様です。
挫折や苦悩を経験した人だけがみせる心の深さ!
盆栽も園芸的に理想を求めた名木から、不幸な時間を過ごして 形を失ったものが、そこから盆栽自身の生きる力で新たな造形を生み出す!
そしてその姿は見飽きないものなのです!


春花園 盆栽美術館の成熟度満点!

日本水石協会の今年の名品展(明治神宮・6月12日〜16日)に展示される日本の名水石達の、
出品審査会が、理事長である 春花園 小林國雄師の邸宅「啓雅亭」で行われました。
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先輩として・私の恩師の友人として・そして“愛すべき人柄”。
水石協会の理事長と事務局長というタッグを組んで6年になる中、
盆栽水石という世界に見せられて走り続けた似た者同士が、いつのまにか70と60の年齢になっていました。
“そろそろ後輩達の成長と努力を喚起させないと”という想いが、小林理事長の再来年の勇退・森前事務局長の4年後の退任・で、2人で相談して決めました!
百人力の2人がいつまでも先頭を切って協会を運営していたのでは、
若年の役員達がいつまで経っても「自分たちでまかなう協会・未来の水石界」という責務を実践出来ないと判断したからです。
2人とも何も無い頃から、良くここまで来ましたね!と語り合う中、啓雅亭の庭を見れば、日本を代表する名盆栽の山々。
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お互いに海外からの研修生を育てて、ひとりでも新しい愛好家を増やしたい!
この気持ちで 自分というものを駆り立てて来たのも似ています。
「理事長は この春花園をどうするの?」と尋ねれば、「モリちゃんだって同じだろ!俺たちの生き方や動き方を受け継ぐ奴なんていやしないさ!お互い一代限りだよ!」
当たっていないとも言えませんが、たとえすべてを伝えられなくても、
盆栽人・水石家・としての“大切なもの”が何か?を 私達の生き方から学んでもらえたならと、
後に続く者達を信じて行きたいと思っています。
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勿論 私も理事長も、自分の求める「夢」に向かって、どんなに年を重ねても、
たとえ明日斃れる時が来ようとも、前に向かう事だけに生きると思います。
何かの本に書いてありました。
「出来れば 逝くその時が来ても、一歩でも前に向かって斃れたい」
道はまだまだ続きます。
とりあえず今は、来年に挙行される明治神宮100年祭・東京五輪記念・水石協会60周年記念・この三祝展として
明治神宮が 100年の歴史の中、水石協会を信頼して下さって、初めて神宮の杜の中、参道に100mを超える展示施設を作り、
100数十点の日本を代表する名盆栽を一堂に展覧すること、そして同じく明治神宮の杜の中に守られている旧社務所・現在の参集殿(昭和の名建築)で、
100石を超える名石を大展覧を敢行すること!これに邁進したいと思っています。
2人の道は 続きます。
盆栽に完成がないように。
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【歴史を感じる盆栽に感動!】

中国江蘇省への盆栽視察の帰路、初めて上海植物園に行きました。
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10年の訪中、何十回も上海に立ち寄りましたが、盆栽・盆器・の交流が忙しくて、
中々この歴史ある有名な場所へ来ることが出来ませんでした。
50年ほど前、恩師須藤雨伯が訪中した際、「とても大きな庭木のような盆栽がたくさんあった」
と言う言葉だけが記憶の中にあり、
“どうせ 公共体が陳列してある盆栽の名前だけの下らないものだろう”と先入観が、私の中にあり、今まで訪れる機会を作らなかったのが真実です。 
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しかし、今回 この目で見て、その場所に立って、そこにある半世紀をゆうに超える鉢中で培養された盆栽達の姿を見ることで、
私の考えは 実に愚かで身勝手なものかを知り、己に恥じるばかりでした。
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行き届いた管理・ひとつひとつの樹が その「個性」を尊重されて その樹だけが醸し出す「姿」を見事に表現していました。
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中国の盆栽界と交流する前、“盆栽は圧倒的に我が国日本が優れている”と自負していた自分が、
広大な大陸に育まれた盆栽文化を 西は西安・貴州・北は北京・煙台・南は武漢・重慶と旅を広げることで、
私が15歳より学んできた盆栽は、その深さと歴史の長さ・そして歴史の大河のような広がりという点で、中国に学ぶものが大きい事を知りました。
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その見聞の時を経た中で、この上海植物園を訪れたことが何よりも良かったと思います。
盆栽という私にとって人生哲学を教えてくれる道は、
日本も中国も包み込む自然が人と寄り添って創りあげた“東洋の大いなる文化”なのだとこの上海植物園が教えてくれました。

【埋れていた古木の植替え!】

昨年の暮れ、九州の山里に数十年の歳月、誰に見られるわけでもなく、古老の手により守られて生き続けた五葉松群が羽生に来ました。
懸命に培養をされていたのでしょうが、盆栽の専門的技術を持った人たちの手を入れるわけでもなく、
荒れた状態での入手だったので、今年の春も芽伸び・つまり根がしっかりと水を上げ始まるのを待って、大掛かりな植替えに挑みました。
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左右180㎝!高さ120㎝という巨大な松は、1t近い重さの石をくり抜いた“鉢”に入った状態で、
根を抜くだけでも人力では難しく、フォークリフト爪を使っての吊り上げ植込みでした。
山砂で植えられていたこの樹は、それでも100年を越す樹齢、鉢合わせをして見付角度を定めて、雨竹亭の庭に運んで見ました。
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昨日まで、第3培養場の"邪魔物''扱いされていた樹が、まるで鳳凰が羽を広げて羽搏く姿となり、前庭の主のような存在感をしめすようになっていました。
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盆栽は、完成した名木だけではなく、このように名も知れぬ地方愛好家の庭の片隅に 静かに生き続けたものから誕生します!
気合いを入れて、十数本 続けざまに植替えをしましたが、やっぱり大きいものばかりでした。
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それでも、無名の老樹を 問いかけるように荒仕事をしている時は、楽しいものです!


「春の観賞会」に合わせて、亭内の盆栽以外の部分も 飾り直しをしてみました。
我ながら“よくもこんなにあるものだ”と、“買い物好き”の自分を笑ってしまいます。
収蔵庫の名鉢・水石・水盤・卓。
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水石専用の展示室。
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中国広東・宜興・で誂えた鉢類。
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手頃なものから名品まで、千点以上の品々。
最近も 国風賞を受賞された古老愛好家のご親族より、蔵品の一括買取を依頼され、盆栽百点弱、盆器 約200点を引き受けました。
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まとめ買いは、もとより嫌いではありませんが、1年も経つと いつのまにかなくなっているものです。
それだけ業者の方々や愛好家の皆さんに御贔屓頂いている証ですね!
それでも盆栽も水石も鉢も、すべての面で 良品の入手が難しくなってきています。
日本の盆栽水石界が、残してきた遺産を 大切に伝え残したいものです!

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