雨竹 盆栽 水石 便り

盆栽歴45年 盆栽家森前誠二がブログで綴る盆栽人の本音と 伝えたい日常の中の”心と技”


木村正彦先生との連合準備で、国風盆栽展の審査会に29点の愛好家の方々の大切な盆栽を積込み・上野グリーンクラブへ搬入しました。

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25日審査会において、無事に29点全品入選しました!
その内の先生の近作真柏が国風賞に内定しました。
先生は「本人には国風賞への挑戦はあまり期待させるといけないので、言わないでいるんだ」と仰っていました。


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お客様ご本人もさぞお喜びでしょう。
準備に2ヶ月程かけて、ひとつひとつの盆栽に合わせた“出来るだけの事“をして審査会に臨んだ結果は、とても嬉しいものです。
何よりも、入選の連絡をお待ちになっている愛好家の皆様の喜ばれるお顔が目に浮かび、ホッとしてもいます。

併せて、京都財団の理事長として、日頃よりお世話になっている田中慶治会長も錦木で国風賞、
水石協会の特別出品のご協力を頂いたり、今回の水石展でも、“自在庵特別連席”の企画をお願いしている廣瀬様も黒松名樹「黒龍」で満票の国風賞。

正直、盆栽の賞レースには、あまり興味のない私ですが、よく知る方々の嬉しそうなお姿は気分はよいものです。

木村先生の所で、日々、盆栽達の管理に尽くしてくれた、アレッサをはじめとするお弟子さんや、関係の皆さん、ありがとうございました。


15年の刻をかけて大きくなっていった羽生雨竹亭の全景を空撮で捉えました。

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初めは正門もなく、前庭もありませんでした。
盆栽の培養に適している地を探して、
この羽生へ根をおろしました。
そこから約500点の盆栽の培養所としての棚作り、後方の倉庫、駐車場、
そして応接用の「雨竹亭の顔」と言える庭園と観音堂の造営。
その後、高砂庵故岩崎大蔵先生の遺品盆栽約1100点の移送に伴っての“第3培養場の突貫工事。

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いつの間にか、国内最大の規模を誇る盆栽園になりました。
ここから、私は京都大徳寺の盆栽庭園の維持管理もあります。
3月には満62歳となる中、社員の力で守り切れる園にするには、どうしたら良いか?
まだ答えが出ません。
まだまだ改修や造営をしたい部分もあり、いつまで経ってもやりたい事ばかりの“好き勝手な盆栽人生“はいつまで続くのやら!



先日、福島のお客様へ出向きました。羽生も朝6時に出る時、気温何と氷点下7度!
東北道も車内からの外気温がずっとマイナス5度でした。

現地に着けば、一面冬景色!

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雪が凍り“氷の世界“になっていました。
盆栽達も、凍った雪の衣を纏って、冬眠するかのように呼吸を止めているようでした。

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それでも、松も真柏も葉の色は瑞々しく、彼らの生命力には驚かされます。


昨年は羽生も水瓶の水が凍ったのは、薄氷で僅かに2~3回。
今年は連日氷点下です。
温暖化と言われる近年ですが、今年は修行時代のあの寒さが戻って来た感じです。
盆栽は自然の樹々とは違い、人間で言うところの“胃袋“が鉢の中です。
比熱の問題で、気温が下がれば鉢内もある程度同じように下がります。

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培養土の水分が根を守っています。
水や氷は、氷点下の中では、かえって“保温“の役目を果たすのです。
それでも、雑木や針金をかけた盆栽達は、寒風と低温を避ける為に、屋根のある棚場が安全です。
陽当たり・北西風・そして午前中の水かけ。
雪国の大変さ・からっ風の関東の管理、地域によってどうやって盆栽達を守るか、違いますが、
大切なのは“我が子のように見守り、“過保護にせず、育てる“事です。


【木村先生と共に贈る言葉を2人に】

中国いにしえの都、西安。
大唐の時代、長安と称して世界最大の都市であった彼らの故郷は、私が盆栽を中国に初めて輸送成功した地、楊凌の隣。
2人はこの楊凌で私達の盆栽展示場に専門学校を出て勤めていました。
当時、5名の候補の中から、“やる気“と“真面目さ“で、日本での盆栽技術研修に彼らは選ばれました。

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あれから3年、月日は早いもので故郷へ帰る日が近づきました。
後半の1年半は、私の懇願で名匠木村正彦先生の所へ、交代で技術向上の為に通わせました。
現代の日本の若者では到底続かない研修(修行と呼ぶべき厳しさ)を、
彼らは自分が日本に来た目的と言うものを見失わずに理解して必死に実技に打ち込みました。

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天才と謳われた木村正彦先生にして
「帰るのは惜しい。もう2年、私の手元で腕を磨けば、中国を代表する盆栽大師に将来は必ずなれる。森前君、何とかならないか?」
と、何度も言われました。
先生の気持ちも痛いほど分かり、故郷で待つご両親に1度も帰らず研修に打ち込んだ2人を、1日でも早く、親元に返してあげたい。
この両方の気持ちの間で苦悩しました。

コロナ収束後、また日本で更に勉強をしたいと言う2人を、今回見送って、故郷と日本の盆栽界の“架け橋“になってくれる事を願っています。

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新年1月2日、私の羽生の庭に木村先生がわざわざ来てくれました。
2人の頑張りにエールを送りに来てくれたのです。
“国に帰っても、木村の研修生である事を忘れないで”と、
盆栽人に1番大切な礼節ある人となり、盆栽に打ち込む日々を願ったのです。
私と先生で相談して、彼らに用意したのは、手書きの掛け軸です。

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結束三年的学習回國之比
観看所有一木一草一石的自然造形感謝大自然中渺小的自己
持有放空自己 謙虚地敬仰萬物之心
不是作也不是造 而是心靈的創造
這是盆景家的生存之道

3年の勉強を終えて国へ帰る君に贈る
一木一草一石、自然を深く観て、感謝して、自己を見つめなさい
その心が盆栽家として、生きる道になるのです


私が2人に教えてあげられた事は何だろう?
もっともっと伝えたいことがたくさんあったのに。
帰った後に、彼らにどれだけの事がしてあげられるだろう。
我が子のように思う2人に。

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頑張れ!盆栽を見つめて真っ直ぐに歩いて!
頑張れ!如何に生きるかを、盆栽から学んで!


“盆栽を社会の窓に“このコンセプトで始めたレンタル事業も、もう20年を過ぎました。
“貸し盆栽だからこれでいい“
こんな考え方が当時は蔓延っていました。
“本物の盆栽、本物の考え方を見て欲しい“、その一心で、作品の内容や季節感を大切に続けてきました。

いつの間にか、年間で3000万円を超えるご注文を、銀座を中心に、
オフィス・レストラン・集合住宅のエントランスホール・等々に、日々スタッフが心を込めて飾っています。
週に2回のメンテナンス、月に2〜3回の展示品の交換、樹の手入れ、苔張り、消毒、正直年で1000万になるまでは、経費損を繰り返していました。
“売らずにお見せするサービス“。
これは若い盆栽家が、精魂込めてやっと完成した盆栽を生活の為に手放さなければならない事を防ぐ役目にもなりました。
生活さえ出来れば、盆栽を愛する者たちは、自分で手がけた樹を売りたくはないのです。

今年の新春も、日頃からレンタルの年間契約でお世話になっている各所へ、特別な新春飾りをお届けしました。 


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古くより宮中などで設られていた「季寄せ飾り」松や梅、南天に笹、寿ぎと長寿の徴をひと鉢に込めたものです。

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20年前、先頭に立って作り上げていたものですが、今は熟練となったスタッフが一生懸命にお届け先に合わせた作品を用意しています。

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一本ずつでは見てもらえない樹達、それを一年大切に培養して、ハレの舞台に寄せ植える。
飾られた所で、来る人達に“おめでとうございます“と彼らは声かけています。
苦しい年が過ぎて、今年も“春“が来たことを。



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